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判断を曇らせる、心の3つのクセ|欲・怒り・思い込み

    数字を見ているはずなのに、なぜか判断を間違える。そんなときがあります。

    そういうとき、数字より先に「自分の心」のほうが曇っていることがあるのかな、と思っています。

    仏教には「三毒(さんどく)」という言葉があります。人の心を苦しくさせる3つの働きのことで、貪(とん=むさぼり)・瞋(じん=いかり)・痴(ち=物事をありのままに見られないこと)と言われています。経営にひきつけて、私なりに読み替えてみます。(仏教の解釈は、あくまで私の理解です)

    貪:もっと、もっと

    「もっと売りたい」「もっと大きくしたい」。この気持ち自体は、悪いものではないと思います。

    ただ、足りないところばかり見ていると、いま手元に残っている利益が目に入らなくなります。売上は増えたのに、お金は残らない。そんな形で出やすいのが、この癖かなと感じます。

    瞋:あの人のせいだ

    思うように数字が出ないとき、取引先や景気、ときには社員のせいにしたくなります。

    怒りは、原因を外に置くとラクです。でも、外に置いた原因は自分では動かせません。「自分に原因を見る」と、動かせるものが見つかることがあります。自分を責めるのとは、別のことです。

    痴:たぶん大丈夫でしょ

    見たくない数字を見ない。確かめずに「たぶんこうだろう」で進める。ありのままに見ない、という癖です。

    3つの中で、いちばん手ごわいのはこれかもしれません。気づかないうちに、一番ふつうの顔をして混ざってくるからです。

    数字は、曇りを映す鏡

    数字は、いまの状態をそのまま映します。だからこそ、数字を見たあとに、こう自分に聞いてみます。

    ・いま「もっと」が先に立っていないか(貪)

    ・誰かのせいにして、止まっていないか(瞋)

    ・見ないようにしている数字はないか(痴)

    どれかに当てはまったら、判断を一晩だけ寝かせてみる。それだけでも、見え方が変わることがあります。

    たとえば、月末に残高を見るのが怖くて、つい後回しにする。気づいたときには、打てる手が少なくなっている。これは「見ない」ことが、ひとつの判断になってしまっている状態だと思います。

    心の癖は、なくならない

    三毒は、なくすものというより、「いま出ているな」と気づくものだと、私は理解しています。気づければ、少し距離を置いて判断できます。

    数字を見るときは、数字の前に深呼吸を1回。それだけでも、曇りが少し晴れることがあります。

    書きながら、どれも他人事ではないな、と思いました。あなたは、どれが顔を出しやすいですか。


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    コワーキングスペース経営/経営をゲーム形式で学ぶ研修(MG研修)講師/3児の母🤱 数字のことを、考えるきっかけになる話を書いています。むずかしい話を、むずかしいまま書かないこと。決めているのはそれだけです。 執着しないこと、手放すこと。経営にも人生にも。

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