
【愛妻家珈琲】旧鈴村邸、特別な時間を届ける瀟洒なカフェ
はじめに
甲府駅に近い幹線道路沿いに所在する古民家カフェ「愛妻家珈琲」を訪ねました。古民家といってもたいへん凝った造りの瀟洒な戦後の平屋建築です。素晴らしい雰囲気の中でおいしいコーヒーを頂いてきました。


愛妻家珈琲への路
愛妻家珈琲は、甲府南口の平和通りを県庁前交差点から西へ向かう飯田通り沿いにあります。通り沿いのすぐ近くには「萬集閣」という蔦の絡まる昭和建築の喫茶店兼旅館があります(トイレ風呂は共用、ご注意を)。
1階は喫茶六曜館で、こちらのギョーザは絶品です。

この飯田通りはかつては「名画座通り」と呼ばれていたようです。その由来にもなった映画館「名画座」の跡には大手予備校のビルが建ちます。

さらに進むと昭和54年創業の釜めしとお好み焼き「わらべ」、名前が妙に気になる川魚とジビエ料理「黒猫亭」(2026.9閉店)があります。

さらに進んだところに「愛妻家珈琲」があります。
筆者の記憶ではここはシャッターの閉じたままの店舗で覆われていたはずです。自転車屋と金物屋だったとの情報もあります。店舗の裏にこんな瀟洒な建築があったとは全く知りませんでした。
店舗部分がなくなり前庭と2台分の駐車場になっています。土曜日の午前中に訪れましたが客が何組も入り賑わっています。


甲州鯉のぼり
外にはひと際、鮮やかな色彩の鯉のぼりが掛けてあります。これは山梨伝統の「甲州鯉のぼり」です。季節と郷土を愛していることが分かって期待が膨らみます。ちなみに、山梨で端午の節句は月遅れの6月です。


後述する、大家さんから伺ったところ、鯉のぼりに小さな鈴がついているとのこと。甲州鯉のぼりに鈴はつける習わしはなかったように思います。後日、甲州鯉のぼりを展示している施設を訪ねましたが、いずれも鈴はありませんでした。鈴は鈴村家独自のものでしょうか。鈴村にあやかってつけたのでしょうか。

愛妻家珈琲
愛妻家珈琲は、2024年(令和6年)12月にリノベーションした鈴村邸にオープンしました。店主の浅川氏は北杜市高根町出身で某有名コーヒー店で修業をされた方です。気さくでかつ細やかな対応をされており、そのあたりもお店に人が集まる理由のように感じます。



店内の入口は元は勝手口です。入口のカウンターでオーダーしてから靴を脱いで中に上がるという流れです。つまり台所から出入りしていることになります。もっとも、茅葺の古民家なども土間から通常は出入りしますから、これはある意味正しいです。
メニューを見ると「甲府シティ」という名前が気になりました。オリジナルブレンドとのこと、これにケーキを付けてオーダーします。

「愛妻家珈琲」の命名理由が気になって仕方無かったので、店主に思い切って訊ねてみました。すると、自身が愛妻家であること、お店が昔の建物なので漢字の名前にしたかったこと、とお答えいただきました。

看板の解説もありました。「愛妻家珈琲」の字は「やちよ絵手紙の森美術館」の館主夫妻の筆によるもので、看板は店主夫妻が心を込めて彫ったものだとのこと。

さて、どの席に座っていいか目移りします。建物内を撮影可能か伺うと、他のお客様が入らなければよいと快く許可頂きました。
また、席は途中で移動しても構わないとのこと。結局、奥の座敷の席に着座しました。

「甲府シティ」は酸味、苦味も抑え気味ですっきりバランスのよいコーヒーでした。次回もこれを頼んでみたいです。
ケーキはショコラベリーバスクチーズケーキです。ザクザクとした食感のチョコとチーズケーキが絶妙です。
ショップカードに記されている「ささやかなコーヒー、とくべつな時間。」を過ごさせていただきました。

ふと、テーブルにはレターセットが置いてあります。「デジタルの世に温もりの手渡し」「ちはるばぁばからの贈り物」とあります。自由に使っていいようです。

折り紙が置いてある席では、つい折り紙に興じてしまうことも。

昭和が流れる空間
コーヒーを頂いてから、客室を見せていただきました。カフェの客室は4畳半、8畳間、風呂場と3部屋あって、ほかに6畳間が大家さんの展示交流ルームになっています。また、山梨県立大学に貸している部屋があります。
まず、こちらが4畳半の部屋です。サッカーJ2ヴァンフォーレ甲府の背番号12のサポーターユニホームがあります。その下には年代もののステレオシステムがあります。東芝製のようです。


一番人気の席と伺ったのは広縁の席です。小さな庭が眺められます。


廊下を進むと8畳間があります。この部屋は縁側に足踏み式ミシンがあって、表通りに面しています。昔はこちら側からの景色は店舗で覆われて、見えなかったようです。


ガラスは少し歪みのあるガラスです。今では手に入りません。

ミシンも席として利用できます。


黒電話の置いてある席もあります。電電公社のマークの入った局番のない「3744」のプレートがすごいです。黒電話のほうはもう少し後の時代のものでしょう。近年まで使われていた形跡があります。

桐箪笥や鏡台、アルマイトの弁当箱、セルロイドの筆箱、昭和時代の道具が置かれています。
さらに昭和の子どもの生活を描いた『おじいちゃんの小さかったとき』『おばあちゃんの小さかったとき』が置いてあります。

現代的なものいえば天井のスピーカーですが、雰囲気を壊さないように遠慮がちに下げてあります。

さらに、たいへん面白いのが風呂場が客室になっているところです。タイル張りで窓ガラスも風呂場のものです。床のタイルがまた凝っています。ここは個室のように使えるのです。お客様がいなかったので店主の厚意で見せていただきました。

さらに、外側を見せていただきました。改修してあるものの、外から釜で焚く五右衛門風呂だったといいます。煉瓦で組まれた釜です。当時家庭に風呂があるのも珍しかったのではないでしょうか。山梨市の根津記念館も似た風情のものがあります。

ちはるばぁばの部屋~ことのはの送りもの~
「ちはるばぁばの部屋」という展示交流ルームがあります。先ほどから名前の挙がる「ちはるばぁば」がこの屋敷で生まれ育った家主さんなのです。現在は住まいのある県外から時々こちらにお見えになるとのこと。

「言葉には不思議な力が宿っている」とばぁばの日々の暮らしの中で感じた言葉が「言葉(ことのは)の贈り物」として置かれています。


書院造りの部屋は細部や壁などこだわりの造りも当時のままです。
いまは五月の飾りがあります。こちらの飾りと外の鯉のぼりは、ばぁばの弟さんが生まれた時のものだそうで、男の子が生まれての喜びで用意されたものだといいます。

ちゃぶ台があります。実際に鈴村家で使われていたちゃぶ台です。ここには交換日記のノートがあります。すでに2冊目になっています。しかも皆さんびっしり書かれています。
ここに書くと、ばぁばが来たときに返事を書いてくれるタイパ(タイムパフォーマンス)の逆さまをいく昭和の文通なのです。

(ノート部分は加工しております)

「幸せのピースを集めて」何気ない日常の小さな幸せを綴った大学生の言葉は、あるあるとついうなづいてしまいます。

桐の箪笥におすすめの絵本が並びます。

涙腺を刺激する絵本がありました。いぬいさえこ『きみのことが だいすき』です。疲れた大人のための絵本です。


来るたびに言葉(ことの葉)が増えていそうなばぁばの部屋でした。
旧鈴村邸
ところで、筆者が食い入るようにあちこちを見て、シャッターを切っていたところ、上品なマダムが声をかけて下さりました。なんとちはるばぁばとのこと。ばぁばというからもっと老齢な方をイメージしていたのですがお若い。時々こちらに来てノートに返信を書いたりしているとのこと。
ばぁばのご主人も加わりお話を伺うことができました。

ばぁばは、お気にされてませんでしたが、この建物はかなり瀟洒な作りをしています。文化財として残したい建物です。
筆者の知るところでは、
①早川家住宅(笛吹市) ②鈴村邸(愛妻家珈琲) ③根津記念館(山梨市)
と順位付けしたいくらい凝った造りをしています。古民家などの再生を手掛ける建築屋さんと相談しながらリノベーションしたそうですが、たいへん雰囲気を残して綺麗に仕上がっています。近年まで住んでいたことが幸いしたのでしょう。


この建物は1949年(昭和24年)の建築で80年近い建物です。この辺りもそうですが甲府の市街地は戦時中に空襲で丸焼けになりましたので戦前の建物は残っておりません。

こんな文化財級の住宅がなぜ残っていたのか、そもそもここに住宅があったことに気がついていませんでした。それもそのはずで、店舗が通り沿いにあったことは述べましたが、家をひっそり隠していたのです。店舗は鈴村家が貸していたものです。なるほど、通り沿いに店舗を作れば家賃収入が得られます、もし道路が拡幅されても主屋は建て替えずに済みます。いろいろと考えられています。
こんな住宅を持つ鈴村家とは何をしていたのでしょうか。伺うとお祖父さんが一代で財をなしたといいます。当時まだ、高級品だったバナナの販売に目をつけたようです。取り壊した店舗部分とこの屋敷の地下の2ヵ所にバナナを熟成させるためのコンクリート製の室が残っていたのだといいます。その後、バナナは青果市場で熟成するようになったそうですが、その後は青果市場でお仕事をされていたようです。近年まで、ばぁばのお母さまが1人で住まわれていたそうです。


玄関のほうからみるとまるで料亭のようです。

玄関の上り框(あがりかまち)とその前にある踏石(踏み台にする石)はとても大きな石でした。また、天井部分は玄関側から見ないと分からない意匠がこらしてあり驚きます。


建物の材質は主に栗材を使っているそうです。

天井や欄間など部屋毎に意匠が凝っていることが分かります。





襖も当時のままです。




脱衣場だけでも手間がかかつています。天井に驚きました。



先ほどの客室ですが、左手の障子にギザギザした山のような意匠があります。同じ意匠は実は意外にもトイレの窓にあります。

こちらがトイレの窓です。ここは女子トイレ内側から見るのは男子禁制です。ちなみにトイレは洋式の洗浄便座つきに改修されていて男女用に1個室ずつあります。

もう一度、玄関から見て見ますと、左手にトイレの窓が分かります。昔の日本建築は玄関の横にトイレが配置されます。今ほど衛生的でないトイレを生活空間と離したためです。でも玄関から見えるのできれいに見せたかったのかもしれません。

こちらの洗面台と金の蛇口は修復で新たに設置したものといいますが、そうとは分からないくらい精巧に昔の形を模しています。

壁スイッチは新しく交換したのかもしれないですが、昔の姿です。

鈴村邸の建物には、愛妻家珈琲とは別に山梨県立大学の研究室が一部屋借りています、そちらの部屋も案内していただいていております。学生さんたちによるDIYされた部分と古い意匠を残している部分があります。撮影はしておりません。
陶芸展示会(予告)
「ちはるばぁばの部屋」をギャラリーとしての利用も考えていると伺いました。その第1弾として近くの陶芸家夫妻の作品を展示するといいます。
「思い出の展示~老後に夫婦で始めた自宅窯の陶芸作品~」(2026.5.19~30)です。
これは、陶芸家故小野孝之・和子夫妻の作品展示で、甲府市中心部にて夫婦で作品を作り窯で焼いていたそうです。

多くの方に見ていただきたいとおっしゃっていました。

開催された模様はこちらで紹介しております。
おわりに
店主もスタッフもちはるばぁば夫妻もみなさん親切な方たちで、初めて訪れた気がしないような時間が過ごせました。
また、建物の保存状況やリノベーションしても現状が丁寧に残されています。早川家住宅と同じように近年まで住んでいたことも幸いしました。何よりこの建物を大切に残したいとするちはるばぁばの気持ちが大きいと思います。
陶芸展で、また訪ねようと思います。
