
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #91
――気づいたときから不快だった。
人は自由のはずである。
罪を犯すも、犯さざるも、〈原罪兵〉となるも、野垂れ死ぬも、好きなように生きればよい。
勝つ奴もいれば負ける奴もいる。まず優先すべきは己であり、余裕があるなら他者に手を貸すのもいいだろう。それでいいし、それがいい。
だが――そう考えるにはひとつ、腑に落ちない点があった。
なんでこの世界はいまだに秩序が保たれているんだ?
〈原罪兵〉が〈法務院〉の所有物であることなど公然の秘密である。で、あるならば、世の九割九分を占める善良なエサどもは、自分たちが何のために生かされ、何のために「人を殺してはいけません」などと諭されてきたのか、ちょっと考えればすぐわかりそうなものである。
何が罪であるかを決めるのは、全人類の感情論の総体だ。ある特定の行いを罪深いと感じる感性が一般的であり最大多数派であってくれなければ困るのである。
だが、それは巨視的なレベルでの損得だ。個人のレベルにおいて、善良であることは惨たらしい末路に至る可能性を危険なまでに引き上げる愚行でしかないのは明らかだ。
であるにもかかわらず――奴らは行動しない。善良に生きることがまったく自分の得にならないという現実を理解していながら、それでも「社会的な必要性」とやらに押し付けられた善良さにしがみつこうとする。
不可解であり、不快だった。
なぜ自分の利益を最大化しようとしないのか。
なぜ――全力をもって生きようとしないのか。
その問いを向けた時、奴らは決まって追い詰められた顔をする。口ごもり、言葉を濁し、なんとか答えから逃げ出そうとする。
現実から、背を向けようとする。
一人の例外もなく、だ。
世界がこの不気味な善良さに覆いつくされていることに気づいたとき、ギドはまだ少女で、〈孤児〉として親元で生き、今より遥かに向こう見ずで、潔癖症で――ゆえに、吐いた。
気持ち悪かったから。
この世界に、本物の衝動はひとつもない。〈原罪兵〉の悪行も、一般貧民の善良さも、すべては本人の自由意志とはまったく関わりのない理由によって成された紛い物である。
個人として生きるということが、そんなにおかしなことなのか。
嫌悪の念は狂おしく、少女の一生はここに定まった。
時代精神を覆いつくす、この異様な欺瞞がなぜ発生したのか――その原因を突き止め、必ず壊してやる、と。
衝動や、欲求は、本来無意味なものであるはずなのだ。無意味な邪悪と、無意味な善良さ。求めるものはただそれだけ。そしてこの胸を灼く衝動こそが無意味であると、高らかに誇りながら。
〈法務院〉の権力構造に食い込み、利用できるものはすべて利用して、そして「大罪」と呼ばれるこの世界の創世神話の存在を知る。
五柱の神が、あるものは望んで、あるものは図らずも、現代の世界のありようを決定づけたのだと。
その、四番目の神。
第四大罪の担い手。
無気力にして凶暴なる自閉症患者。
人類史上ただ一人の、本物の原罪保有者。
それの成したことを、ギドは理解し、狂った。
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