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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #92

     前 目次

     「青き血脈」の塩基配列には、解析不能領域が存在する。もちろん、生物の遺伝子はそのすべてが詳らかにされているわけではなく、明らかに何の遺伝情報も含まれていない空白というものは普遍的にある。だが、「青き血脈」のそれは、違った。「ない」のではなく、「解析できない」のだ。
     なぜなら、観測するたびに構造が変わるからだ。
     いったん観測されたDNAは、その後は形態を安定させ、その後何度観測しようと構造が変わることはない。
     だが、同一人物の別のDNAを観測すると、解析不能領域に存在する核酸配列はまったく違ったものになっているのだ。当然ながら、同一人物の遺伝子が個体によって構造が違うなどということは決してあり得ない。
     この事実は何を意味しているのか。
     DNAは非常に巨大かつ複雑精緻な構造美を持つ高分子だが、分子の一種であることに変わりはない。つまり、曖昧模糊とした量子力学のルールに属する存在だ。観測されることで波動関数が収束し、ひとつの定まった形態をとる。逆に言うと、観測さえされなければ解析不能領域は量子的な重ね合わせ状態で伝令RNAに膨大な量の情報を転写し続けるのである。
     それは、空間軸のみならず時間軸にも跨って記述される暗号/構造/情報であった。
     解析不能領域が伝える遺伝形質は、目に見える形では発現しない。「青き血脈」の氏族間で交配がなされる限り、何の意味もない遺伝情報なのだ。
     だが、普通の人間との間で交配がなされたとき、解析不能領域は極めて強力な優性阻害ドミナントネガティブを発現させる。
     ある組み合わせでは、生まれる子供はあらゆる観点から言って完璧な「青き血脈」としての遺伝形質を備えていた。
     またある組み合わせでは、生まれる子供は一見すると普通の人間で、常軌を逸した美貌も、〈無限蛇〉へのアクセス権限も持たななかった。
     だが、ひとつだけ常とは異なる特質を備えていた。
     攻撃性の消滅。
     テストステロンの分泌不全。およびセロトニンの過剰生産。
     理不尽や、逆境や、苦難に立ち向かう力を、人から永遠に奪い去る遺伝形質。愛を媒介として、被害者面しかできない精神的奇形児を殖やす、遺伝子の名を借りた悪性ウィルス。
     それが、本来の人間の在りようを、歪めた。
     ――最低にクソッタレな性病じゃねえか。
     「青き血脈」は、自らの血を定期的に下々に賜し、罪を犯す者と無力な被害者の比率が、最も効率的に罪業を生産できる割合になるよう調整を行っている。人の魂の在りようを、社会ごときが、決めている。
     ……憎しみが一定の閾値を越えると、嫌悪感すら無視できた。ギドは才覚と器量をもって「青き血脈」に近づき、その胤を収奪した。ウィルスの構造を解析するために。それらを死滅させる手段を求めて。
     アメリは、その産物に過ぎない。抵抗する力を持たない子供の「青き血脈」を実験材料としたかっただけだ。
     結果、さまざまな事実が浮かび上がってきた。
     塩基配列の解析不能領域に存在する、時空間を越えた交感権能についても。

    【続く】

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    小説書きでミニチュアゲーマー。おもにSFを好み、三度の飯よりセンスオブワンダーが好き。小説が面白かったらフォローしておくれ。なにかあればツイッターアカウントのDMからどうぞ。https://twitter.com/shu64737980

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