
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #93
――そうであるがゆえに。
この世でただひとり、ギドにだけはアメリの居場所がわかった。
「次は三時方向だ。一直線に移動してる奴だよ。しっかり狙いな」
葉巻を吹かし、灰を落とす。
そしておもむろにライフルのスコープをのぞき込む。
亡き夫と孫の骨粉が仕込まれた特製弾が、しっかりと装填されている。ゆえにいつでもアメリを殺せる状態にある。無論、甲零式の航行速度を鑑みれば、この距離での狙撃などまず成功しない。
だが――問題ない。
スコープの照準に捉えられたアメリの姿を、脳内の夫と孫に見せてやるだけでいい。
それだけで奴らは反応する。アンビバレンツに身もだえ、頭蓋の内側で存在を主張する。
狙撃の邪魔をしようと、不快な酩酊を送り込んでくる。
すなわち、そこに、アメリはいる。
最初から「来る」とわかっていれば、これは利用できる要素だった。
|第四大罪《ネフィリム・ブラッド》を媒介とした、時空を超えた交感。血を分けた親子ほどに近い関係でなくば成立しない相互作用だ。
戦域に大量に浮遊しているように見える甲零式のうち、異次元の色彩を宿した虚刃を振るう一体がアンタゴニアスであり、狙いを合わせた時に脳内で家族が騒ぎ始める一体が本物の甲零式だ。
そこまでわかっていれば、誘導は可能である。
「そのおかしなヤッパは出しっぱにしときな。区別がつかなくなるからね。そら、次は上だよ。間違って縦分割するんじゃないよ? 突きで仕留めな」
●
アメリの脳裏には、大量の疑問符が乱舞していた。
なんで? なんで? なんで? なんで?
甲零式機動牢獄は、すでに腕の大半を伐採され、剣にも似た下部も切除されていた。
最初は完全に翻弄できていたのに、途中から急に攻撃を被弾するようになったその理由がまったくわからなかった。
急激にこちらを捉えだした異刃の刺突を、懸命に躱し続ける。
目的も、正体も、一切不明な敵。
どうやらこちらが見えているわけではないようだ。見えているにしては、攻撃精度が低すぎる。
こちらの荷電粒子砲は一切効かず、相手の攻撃には無残に切り刻まれる。
絶望的な戦力差。
だが――ここで。
いま、この瞬間に。
アメリは、胸の中で、熱を感じた。
――自負は、あった。
自分こそが〈美〉セフィラの要であるという自負。〈教団〉の支配に服す人民たちを、自分こそが養い、生かしているのだという自負。
その気持ちは、オリジナルのアメリにはないもので。
彼女自身のもので。
だから、アメリは生まれて初めて怒った。
「ゆるせない」
正義の怒り。理不尽への怒り。
己が生まれるまでに流された血と罪の重みを、アメリは正しく理解していた。それを奪い、アメリが育んできたすべてを踏みにじろうとする侵略者が目の前にいる。
「わたしがしんだら、みんなはどうなるの」
癇癪を起こして気ままに虐殺を働けど、アメリはアメリなりに〈美〉セフィラの人々を愛していた。餓死などしてほしくない。滅んでなどほしくなかった。繁栄して、健康でいて、いつでも気ままに虐殺されてほしかった。
ゆえにアメリは、罪業場の展開をやめた。
認識を歪め、物の区別をつかなくさせる用途は、単なる副産物である。本来の力を、解き放つときが来たようだった。
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