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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #94

     前 目次

     ――アメリの罪業場が人類の認識を狂わせるのは、いかなる原理によってか。
     そも、視覚とは、網膜に映り込んだ二次元の映像を、脳内で三次元構造へと再構築する情報処理であると言える。しかし、外界の三次元情報――つまり奥行きの情報は、網膜に投影された際に完全に失われてしまう。もちろん両目のわずかな位置の差異から疑似的に三次元的情報を得ることはできるが、所詮は二点からの観測に過ぎない。無限ともいえる構造を内包した三次元世界を脳内に再構築するには、あまりにも情報が足りないのだ。
     ゆえに、人間の脳は足りない情報を自分の中からひねり出し、欠損を補填する。感覚的には外界をありのまま捉えているように思われるが、その実視覚とはほとんどが脳の妄想の産物であると言っても良い。
     網膜に映る像は変えられないが、それを受けて脳がいかなる解釈を行うかは「経験則」というあやふやな思い込みによる部分が極めて多く、ハッキングは容易い。
     ――特定の波長の電磁パルスとのみ相互作用しうる亜原子粒子。
     アメリの無色透明の罪業場に満ちるものの正体は畢竟それであり、展開をやめ、一か所に集結させることでまったく別の性質を帯びるようになる。
     甲零式に残されたわずかな手のひとつに、奇妙なものが実り始めた。
     球状に、可視光線が歪み始めたのだ。
     あたかも超重力によって光を捕らえたブラックホールのように、その球体の周囲では景色が歪んでいる。
     球体そのものは、鏡面で形成されていた。普通の鏡とは異なり、光を完全に反射しているため、一見するとそこには何もないように錯覚してしまう。
     アメリは、目を閉じた。
     これは視覚を媒介とした攻撃であるからだ。球体の正体は、一か所に集積して回路基板を形成した亜原子粒子群だ。周囲の光を取り込んで、人間の脳をクラッキングする「情報光」に変換し、放つ。
     それは、脳という計算機に対して網膜の感光という言語をもってシャットダウンを強制させるマルウェアだ。
     簡単に言うと――見ると脳死する。
     認識操作は非常に高度なソースコードを構築する必要があるが、ただ機能停止させるだけならこの一瞬でプログラムを組み立てることができた。
     さあ、走れ。死の呪光。侵略者を殺せ。

     ……次の瞬間、甲零式はマイクロウェーブ受容器を穿孔破壊され、機能を停止した。
     直後に不可能色彩の刃が乱舞し、腕も胴も鏡面球体もことごとく、それらの存在の根本前提たる時空連続体ごと食い潰され、消滅した。

     ●

     罪業場の展開が中止されてから、アンタゴニアスが〈空虚論考〉によって甲零式を完全破壊するまでに、一秒もかからなかった。
     見えてさえいれば特にどうということもないのだ。
     アンタゴニアスは黒紫の炎を噴出し、厄災の菩提樹の上面――アメリがおわす蓮華座とその周辺構造をつかみ取った。当然ながら絶罪殺機に人間を拘束するような装備などない。黒き胸甲がぱくりと開き、中からアーカロト自身が軽功をもって飛び出した。

    【続く】

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    小説書きでミニチュアゲーマー。おもにSFを好み、三度の飯よりセンスオブワンダーが好き。小説が面白かったらフォローしておくれ。なにかあればツイッターアカウントのDMからどうぞ。https://twitter.com/shu64737980

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