
絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #95
腕を伝い、四百メートル程度の距離を一気に駆け抜ける。一歩で体を数メートルほど射出し、着地の衝撃を弾く勁力に変えて再び巨神の腕を蹴り抜く。
そうして瞬時に甲零式の御座へと踊り込む。
がぁ、と獣のような声とともに、半神的な美貌の女は掴みかかってくる。
意に介さずその軸足を払って転倒させ、背後に回り込みつつ抱き留めて頸に腕を回す。上腕と前腕でアメリの頸動脈を挟み込み、万力のごとく締め上げた。
がりがりと顔や頭を引っ掻かれたが、ほどなくして痙攣し、その全身から力が抜ける。
念のため五秒ばかりその体勢を維持し、離した。
「アンタゴニアス。着地しろ」
《了解》
かくして、〈美〉セフィラの政治体制は永遠に変更を余儀なくされた。
〈王冠〉を除いて最も住民の幸福度が高かったセフィラが、これよりいかなる道をゆくことになるか。すべてはここから試されるのだ。
ブローチを取り出し、語りかける。
「ギド。アメリを確保した。合流地点を決めよう」
●
デイル・マーロウは、自らを英雄とは見なしていない。
自分がこれまで善性も保ち続けられたのは、銃機勁道という武力があったからだ。運よくこれを修める機会に恵まれたからこそ、この世界に蔓延る非道や残虐に否を唱えることができていたに過ぎない。
本当の強さとは、そうじゃない。
デイルは、戦う力などない身の上で〈原罪兵〉や機動牢獄と対峙する恐怖を知らない。知りようもない。
ゆえに。
デイルは一瞬、間違いなく「逃げよう」と思った。
殺伐としているが気のいいガキんちょどもを見捨てて。
シアラという陽だまりを中心としてできた温かな繋がりから背を向けて。
恥も外聞もなく遁走しようと思った。
だってそうだろう。
お前。
お前それはないだろう。
「〈クーニアック〉の養い子たちですね。我々と一緒に来ていただきます。抵抗した場合、一人二人は殺しても良いとのお達しですので悪しからず」
骨色の装甲に、血管めいたエネルギーラインが走っている。蛇腹状に連結した鋼板が、生物的な滑らかさで可動していた。
乙零式機動牢獄。
この世界の死の伝令。
後ろには乙陸式の部隊を従えている。
「な……んで……」
隣でゼグも茫然としている。
意味が分からなかった。
なんでここに機動牢獄が来るのか。しかも、よりにもよって零式が。
「……〈クーニアック〉? いったい何の話なんだか、さっぱりなんスけど……」
反射的に、いつもの愛想笑いを浮かべながら、デイルは尋ねた。
「あなたは関係ありません。さっさと消えなさい」
わかった。消えるわ。
その言葉が、喉元まで出かかった。
だってそうだろう。乙零式に口答えをしようなんて正気じゃない。
「ええと、なんか誤解があるんじゃないでしょうかね? なにもそんな、ただのガキんちょじゃないですか、やだなぁハハハ」
「あぁ、死にたいんですか、あなた」
乙零式が腕を上げると、後ろの乙陸式たちが一斉に半透明の罪業場長銃を構える。
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