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証券取引所は、いつデータ会社になったのか――LSEGとRefinitiv、270億ドルの買収から見えた金融情報の境界

    こんにちは、Bellです。

    『かみさまは、ロンドンにいる』第一幕「見えない戦争」では、証券取引所グループBSEGが、世界的な金融データ会社MFDを買収しようとしていました。

    その買収によって、長く金融情報の世界に君臨してきたGMSとの境界が、少しずつ動き始めます。

    もちろん、BSEGもMFDもGMSも架空の会社です。作中で起きた事件もフィクションです。

    ただ、この物語を書こうと思ったきっかけには、現実の金融業界で起きた、ある巨大な変化がありました。

    第二幕へ進む前に、ここで少しだけ物語の外へ出て、その現実の方を見てみようと思います。


    少し前、いまの仕事で、LSEGという名前が出てきました。
    一瞬だけ、引っかかりました。

    LSEG。London Stock Exchange Group。
    ロンドン証券取引所グループです。

    もちろん、知らない会社ではありません。
    香港取引所(HKEX)がLSEGに買収を提案したことも、一般のニュースとして知っていました。LSEGが大型買収を重ねていたことも、なんとなく横目には入っていました。

    だから、
    特段、LSEGという言葉自体にひっかかったわけではありません。

    もっと小さな違和感でした。

    あれ。LSEGって、金融情報ベンダーのカテゴリなんだっけ。

    そんな感じでした。

    引っかかったのは、LSEGが、金融情報ベンダーとしての文脈で出てきたことです。

    私の頭の中では、LSEGはまだ「取引所」。
    金融情報ベンダーはトムソン・ロイターやブルームバーグなどでした。

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    もちろん、現実の金融データを取扱う市場や業界がそんなに単純に分けられるわけではありません。
    それでも、私の頭には、なんとなくそんな地図がありました。

    ただ、それらを自分が持っていた金融データや市場の地図へ、きちんと書き替えていなかったのだと思います。

    だから、金融情報ベンダーの文脈からLSEGという名前が出てきた瞬間、
    「ん?」
    となりました。

    知っていた情報同士が、自分の中でつながっていなかった。

    その感覚が妙に新鮮で面白くて、好奇心に火がついて少し調べ始めました。
    すると、思っていたよりずっと大きな変化の輪郭がみえてきました。

    境界が動くとき、組織は合理的な顔をします。

    現場の人間は、それを「正常」と呼びます。

    少し離れて見ると、まったく別の景色になる。

    小説にしたかったのは、買収劇ではありません。そのずれでした。


    そもそも、始まりから「情報」だった

    LSEGの歴史を遡ると、最初に少し面食らいます。

    LSEGは、自らを「証券取引所グループ」と名乗っているわけですから、その歴史も、てっきり「取引所ができた日」から始まるものだと思っていました。

    現在のLSEGの沿革では、その源流を1698年まで遡って説明しています。

    場所はロンドン、ジョナサン・コーヒーハウス。

    そこでジョン・キャステインという人物が、「The Course of the Exchange and other things」と呼ばれる株価や商品価格の一覧を発行し始めました。

    近代的な規制取引所がロンドンに誕生するのは1801年です。

    つまり、少し乱暴に言えば、

    取引所より先に、価格表があった。

    私は「証券取引所は、いつデータ会社になったのだろう」と思って調べ始めました。

    ところが、いきなりその問い自体が少し怪しくなってきます。

    市場は、最初から情報と切り離せません。

    誰が何を売り、いくらで取引され、その価格を誰が知るのか。

    市場を作ることと、市場の情報を伝えることは、もともと隣り合っています。

    もちろん、1698年の価格表と現在の金融データ産業は、まったく別のものです。

    それでも、「取引所」と「情報会社」を頭の中できれいに二つの箱へ分けていた私の方が、あとからできた分類に慣れすぎていたのかもしれません。

    1801年に近代的なロンドン証券取引所が生まれ、1986年には英国金融市場の「ビッグバン」が起きます。

    2001年、ロンドン証券取引所自身が上場。

    そして2007年、イタリア証券取引所Borsa Italianaとの統合によって、London Stock Exchange Group――LSEGが誕生します。

    ここまでは、まだ私の中にあった「証券取引所グループ」というイメージから、それほど遠くありません。

    ところが、その後を見ると、景色が変わってきます。

    2009年、資本市場向け取引システム技術を持つMillenniumITを買収。

    2013年、巨大清算機関LCHの過半数取得を完了。

    2014年にはRussell Indexesを持つFrank Russell Companyを買収し、翌2015年にFTSE Russellが誕生します。

    2017年には、企業・財務情報を提供するMergentを買収。

    同じ2017年、債券分析プラットフォームThe Yield BookとCiti Fixed Income Indicesも取得します。

    2019年には、債券投資家向けESGデータを提供するBeyond Ratings。
    そして同じ2019年、世界有数の金融データ会社Refinitivの買収を発表します。

    取引所。

    清算。

    指数。

    取引技術。

    企業データ。

    債券分析。

    少しずつ、線が外側へ広がっていきます。

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    つまり、ある日突然LSEGがデータ会社になったわけではありません。

    すでに長い時間をかけて、「取引が行われる場所」の外側を取り込み続けていました。

    ただし、こうした動きはLSEGだけに起きているものではありません。

    米国では、ニューヨーク証券取引所を傘下に持つICEも、金融データ会社Interactive Data Corporationを買収し、さらに住宅ローン関連のテクノロジー事業へ領域を広げています。

    NasdaqやDeutsche Börseなども、それぞれ違う方向から「取引所の外側」へ事業を広げてきました。

    その中で、私がたまたま立ち止まったきっかけがLSEGだった、ということです。

    そこには、単に会社を大きくしたいというだけではない事情もあります。

    取引そのものから得る収益は、市場の出来高に左右されます。取引所同士の競争が激しくなれば、売買執行の手数料にも下げ圧力がかかります。

    一方、データや指数、分析ツールは、契約によって継続的に使われる収入になりやすい。

    取引が起きたときだけ収益を得る会社から、取引の前後を通じて使われ続ける会社へ。

    そう考えると、LSEGが外側へ広がっていった方向にも、一つの筋が見えてきます。

    ここで私は、自分の最初の認識を一度修正することになりました。

    それでも――。

    Refinitivの買収は、やはり別格でした。

    ここまでの「取引所が、外側の事業を少しずつ取り込んでいく」という流れに、『かみさま』を読んだ方なら、どこか見覚えがあるかもしれません。

    その話には、最後にもう一度戻ります。


    私がよく知っていた名前が、Refinitivになった

    ここでもう一方の歴史を見てみます。

    Thomson Reuters。

    そのThomson Reutersが、2018年に大きな決断をします。

    Financial & Risk――金融・リスク情報事業の55%を、Blackstoneが率いる投資家グループへ売却しました。

    この事業の評価額は約200億ドル。

    Thomson Reutersは45%を残したまま、約170億ドルの現金を受け取ることになります。

    しかも、この取引の資金構成が興味深い。

    約140億ドルを、買収後の事業が負う債務や優先証券で調達し、Blackstone側が約30億ドルの現金出資を行う構造でした。

    Financial & Risk事業の2017年の売上高は約60億ドル。

    そして、この巨大な金融情報事業に、新しい名前が与えられます。

    Refinitiv。

    Thomson Reutersは、完全に手放したわけではありません。

    45%を持ち続けました。

    一方で、約170億ドルの受取額のうち、100億ドルを株主へ還元し、約40億ドルを債務返済に使っています。

    Thomson Reuters本体には『Legal』、『Tax & Accounting』、『Reuters News』などが残りました。

    さらに、成長分野への投資に使うための資金も確保しています。

    ですから、この取引を単純に、

    「金融データ事業を売った」

    とだけ読むと、少し違う気がします。

    巨額の現金を取り出す。

    けれど、45%は残す。

    Blackstone側は55%を握り、巨大な金融データ事業の再編を進める。

    そこに、Refinitivという新しい器が生まれました。

    そして、そのわずか翌年です。

    2019年。

    今度はLSEGが現れます。

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    買った方が、小さい

    この買収を調べていて、私が最も面白いと思った数字があります。

    LSEG自身が買収発表時に示した資料を見ると、2018年のRefinitivの売上は46億9,200万ポンド相当。

    対するLSEGは、21億3,500万ポンドでした。

    会計基準や集計方法が同一ではありませんから、これを単純に「何倍」と比較することはできません。

    それでも、一つだけは分かります。

    売上規模では、買われる側の方がずっと大きい。

    この二つの数字を並べてみると、少し面白くなってきます。

    私たちは「買収」と聞くと、つい大きな会社が小さな会社を取り込む絵を思い浮かべます。

    ところが、今回はそう見えません。

    証券取引所グループが、売上規模では自分よりずっと大きな金融データ事業を取り込もうとしている。

    では、どうやって。

    2019年8月1日。

    答えが公表されました。

    LSEGによるRefinitiv買収。

    企業価値、約270億ドル。

    ここで一つだけ、数字の意味を分けておく必要があります。

    この270億ドルは、Refinitivの株式だけにつけられた値段ではありません。負債も含めた「企業価値」です。

    売上高。
    株式の価値。
    企業価値。

    どれも「会社の大きさ」を表しているように見えますが、測っているものは別です。

    ただし、LSEGが270億ドルの現金を机の上に積んだわけではありません。

    自分の株を出しました。

    All-share transaction(オールシェア・トランザクション)。

    全株式対価の取引です。

    ここに、上場会社の面白さがあります。

    会社を買う力は、売上高だけでは決まりません。

    利益もあります。

    将来への期待もあります。

    そして、市場でつけられている株価があります。

    少し言葉を正確にすると、時価総額そのものを現金のように取り崩して、買収代金を払うわけではありません。

    そうではなく、市場で価値を与えられている自社株そのものを、買収の対価として使える。

    株価が高く評価されていれば、自社株という「買収通貨」の力も大きくなります。

    売上規模ではRefinitivの方が大きい。

    しかしLSEGには、上場会社として市場が価値をつけた株式がありました。

    その株を対価として、Refinitivの株主へ渡す。

    買収後、Blackstone系ファンドやThomson ReutersなどRefinitivの旧株主は、統合後LSEGの約37%の経済持分を持つことになりました。
    経済持分というのは、ざっくり言えば、その会社の経済的な価値をどれだけ持っているかという割合です。

    議決権は約29%です。
    こちらは「会社の意思決定に関わる発言力」の取り分で、経済持分とは少しずれることがあります。

    37%。

    この数字は、少し考えないと意味がつかめません。

    LSEGがRefinitivを買った。

    ところが、買われた側の旧株主は、今度はLSEGそのものの37%を持つ。

    実際、英国の金融規制当局FCA(Financial Conduct Authority)が定めるロンドン市場の上場規則上、この取引は逆買収として扱われました。

    普通の買収なら、買う側の会社はそのまま上場を続け、対価の新株を発行するだけで済みます。
    ところが今回は、かなり乱暴に言えば、規則上は「LSEGという会社そのものが、実質的に生まれ変わるほど大きな取引」として扱われたわけです。

    そのため、既存のLSEG株はいったん上場廃止となり、Refinitivの旧株主へ対価として発行された新株を含む、拡大後の株式全体が改めて上場承認を受ける手続きが取られています。

    「買った側」と「買われた側」。

    そこまで来ると、その境界すら少し曖昧になります。

    私はここが、この買収劇で最も面白いところの一つだと思っています。

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    すると、LSEG自身が買われそうになった

    話はさらにややこしくなります。

    Refinitiv買収の発表から、わずか一か月あまり。

    2019年9月。

    今度は香港取引所(HKEX)が、LSEGそのものに買収を提案しました。

    Refinitivを買おうとしているLSEGが、今度は買われる側に回ったのです。

    LSEGは、この提案を拒絶します。

    その拒絶理由を記した文書で、LSEGはRefinitiv買収について、

    「戦略的にも財務的にも変革的な取引だ」

    という趣旨を強く主張しています。

    さらに、興味深い数字も載っています。

    Refinitiv買収の発表後、LSEG株は約29%上昇し、株式価値が約58億ポンド増加した、とLSEG自身が説明しています。

    もちろん、株価は一つの材料だけで動くものではありません。

    ですから、

    「Refinitivを買うから29%上がった」

    と単純化するつもりはありません。

    ただ、少なくともLSEG自身は、Refinitivとの組み合わせに対する市場の評価を示す材料として、この数字を使いました。

    ここで、自社株を買収通貨にする意味がもう少し見えてきます。

    自社株を買収の対価として使える企業にとって、株価の高さには大きな意味があります。

    香港からの買収提案を退け、LSEGはRefinitivとの統合へ進みます。

    ところが、次の壁がありました。

    規制当局です。

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    取引所を手放して、データ会社を取った

    この買収が、単なる大型M&Aではなかったことは、欧州委員会の審査を見るとよく分かります。

    LSEGは巨大な金融市場インフラを持っています。

    Refinitivは巨大な金融データ会社であるだけでなく、Tradewebという電子取引市場も傘下に持っていました。

    両社が一緒になれば、データ、取引、清算など、金融市場の複数の階層で競争上の問題が生じる可能性があります。

    欧州委員会は詳細審査の末、2021年1月、条件付きで買収を承認しました。

    条件は、大きく三つでした。

    一つ目は、Borsa Italiana Group(イタリア証券取引所)
    の売却です。

    二つ目は、LCH SwapClear――LSEG傘下の巨大な清算機関が扱う、金利スワップなどの清算業務について、競合する取引所などにも差別なくアクセスを提供すること。
    清算機関というのは、取引が終わったあとの後始末を一手に引き受ける場所なので、ここを一社だけが握っていると、他社は不利になります。

    そして三つ目は、ロンドン証券取引所のリアルタイム市場データ、FTSE Russellの英国株価指数、WM/Reuters FX Benchmarkなど、いわば「値段そのもの」のデータについて、それを使う下流の競合企業にもアクセスを確保することです。

    ここまで調べて、私はLSEGの年表をもう一度見返しました。

    LSEGという会社が誕生したのは2007年です。

    ロンドン証券取引所と、イタリア証券取引所Borsa Italianaが統合したときでした。

    そのBorsa Italianaを、Refinitivとの統合を実現する過程で手放します。

    2021年4月、LSEGはBorsa Italiana GroupをEuronextへ売却しました。

    売却額は、約44億4,400万ユーロ。

    LSEGは、その純手取額をRefinitiv買収に関連する債務返済などへ使うと説明しています。

    結果だけを象徴的に眺めれば、

    LSEGは、自分をLSEGにした取引所の一つを手放し、Refinitivを取り込んだ。

    もちろん、実際の経営判断はそんな単純な二者択一ではありません。

    競争法上の要請があり、資産価値があり、事業ポートフォリオがあり、その中での判断です。

    それでも、歴史を一本の線で眺めると、この場面には妙な劇的さがあります。

    2007年。

    ロンドンとミラノの取引所が一緒になり、LSEGが生まれました。

    2021年。

    そのミラノを手放し、巨大な金融データ会社Refinitivを取り込みました。

    会社の重心が、どちらへ動いていったのか。

    その変化を象徴する出来事の一つには見えます。

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    Refinitivを渡し、LSEGの株主になった

    2021年1月29日。

    LSEGによるRefinitiv買収が完了しました。

    ここでも、所有関係を少し丁寧に見ておく必要があります。

    この時点で、RefinitivはLSEGの傘下に入ります。

    一方、BlackstoneやThomson ReutersなどRefinitivの旧株主が受け取ったのは、LSEG株です。

    つまり彼らは、

    「Refinitivを持ち続けた」

    のではありません。

    RefinitivをLSEGへ渡し、代わりにLSEGの大株主になった。

    買収完了時点で、その経済持分は約37%、議決権は約29%でした。

    これが、この取引のもう一つ面白いところです。

    旧Refinitiv株主には、ロックアップが設定されていました。

    ロックアップというのは、「もらった株を、一定期間は売ってはいけない」という契約上の縛りです。

    当初の設計では、原則として最初の二年間は売却できません。

    三年目と四年目には、それぞれ当初受け取った株式の三分の一まで売却でき、丸四年を迎えるとロックアップが終了する仕組みでした。

    そして実際に、時間をかけて持分はほどけていきます。

    2022年にはMicrosoftが、Blackstone/Thomson Reutersなど旧Refinitiv株主のコンソーシアムからLSEG株を取得し、約4%の株主になることが発表されました。

    これは単なる株式売却ではありません。

    LSEGとMicrosoftによる10年間の戦略提携とセットでした。

    そして2024年5月。

    Thomson Reutersは、Blackstone系ファンドと共同保有していたLSEG株1,730万株を、1株91.50ポンドで売却しました。

    そのうちThomson Reutersが間接保有していたのは約430万株。

    これをもって、Thomson ReutersはLSEGへの持分をすべて手放しました。

    さらに2024年10月。

    LSEGは、Thomson ReutersとBlackstone系ファンドなどからなる旧Refinitiv所有者のコンソーシアムが、残っていたLSEG株の売却を完了したと報告しています。

    この流れを並べてみると、実に大きな仕掛けだったことが分かります。

    2018年。

    Thomson Reutersは金融データ事業の55%をBlackstone側へ渡し、巨額の現金を得ながら45%を残します。

    2019年。

    そのRefinitivが、今度は約270億ドルの株式対価でLSEGとの統合へ進みます。

    2021年。

    RefinitivはLSEGの一部になります。

    旧株主は、代わりにLSEG株を持ちます。

    その株はロックアップ期間を経たあと、段階的に売却されていきます。

    そして2024年。

    旧Refinitivの主要株主たちは、LSEG株主としても退出しました。

    Refinitivの事業はLSEGの中に残り、かつてそれを所有していた側は去っていった。

    この形が、私はとても面白いと思います。

    ただし、これを、

    「LSEG株が上がったところで売り抜けた」

    とまとめるのも、少し乱暴です。

    売却にはロックアップがありましたし、91.50ポンドという価格が「頂点」だったわけでもありません。

    それでも、2019年の買収発表後にLSEG株の価値が大きく上昇し、旧Refinitiv株主がLSEG株へ姿を変えた持分を、その後数年かけて現金化していった――。

    そういう流れだったことは確認できます。

    そして現在。

    Refinitivという独立ブランドも、すでに使われていません。

    旧Refinitivの商品やサービスは、LSEG Data & Analytics、FTSE Russell、LSEG Risk Intelligenceなどへ引き継がれています。

    かつて私が知っていたThomson Reutersの金融情報事業。

    それがRefinitivという名前になりました。

    RefinitivがLSEGへ入りました。

    そして最後には、Refinitivという名前まで消えました。

    けれど、データも、システムも、顧客も消えてはいません。

    別の会社の中で、生き続けています。

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    では、いまのLSEGとは何なのか

    現在のLSEGは、自らを「financial markets infrastructure and data provider」と位置づけています。

    事業は『Data & Analytics』、『FTSE Russell』、『Risk Intelligence』、『Markets』の四部門。

    データ、指数、分析、資本形成、取引執行、清算、リスク管理まで、金融市場のかなり広い範囲を扱っています。

    四部門の名前を並べただけでも、以前の私が思い浮かべていた「証券取引所グループ」とは、ずいぶん景色が違います。

    あの頃の自分に、

    「これが将来のLSEGです」

    と見せても、たぶんすぐには結びつかなかったでしょう。

    もちろん、その中にはロンドン証券取引所もあります。

    でも、

    ロンドン証券取引所だけが、もはやLSEGなのではありません。

    だから最初の、

    「ん?」

    だったのだと思います。

    私はLSEGの動向を知らなかったわけではありません。

    Refinitiv買収のニュースも見ていました。

    香港取引所との一件も覚えていました。

    FTSE Russellも知っていました。

    一つ一つの情報は、持っていました。

    ただ、それを、自分が昔持っていた金融データ業界の地図へ書き込んでいなかったのです。

    情報は持っていた。

    地図が更新されていなかった。

    たぶん、それだけのことでした。

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    境界が動くと、景色が変わる

    ここまで調べて、私が一番面白いと思ったのは、270億ドルという金額でも、会社の大きさでもありませんでした。

    境界でした。

    取引所。

    清算機関。

    指数会社。

    データベンダー。

    情報端末。

    取引プラットフォーム。

    少なくとも以前の私には、それぞれ別のものとして考えやすかった。

    実際には昔から重なっていたのでしょうし、そもそもその分類自体、こちらの都合で引いた線にすぎません。

    それでも、業界で仕事をする人間の頭の中には、そういう境界があります。

    LSEGとRefinitivの買収は、少なくとも私の中にあったその境界を、大きく動かしました。

    市場が生まれる場所。

    取引が成立する場所。

    取引後の清算。

    指数。

    企業情報。

    ニュース。

    分析。

    端末。

    それらの一部が、一つの巨大な企業グループへ集まっていきます。

    しかも、証券取引所には普通の企業とは少し違う顔があります。

    利益を求める企業である一方で、市場の公正さを支えるインフラでもある。

    そこにデータ、指数、清算、取引プラットフォームまで集まってくると、単に「便利になった」で終わらない問題が出てきます。

    自社が持つデータへ、競争相手にも同じ条件でアクセスさせるのか。

    自社の清算機関へ、他社の取引をどこまで通すのか。

    企業として境界を越えていくほど、今度は規制の側が、新しい境界を引かなければならなくなります。

    ある人から見れば、それは効率化です。

    一つの環境の中で、より多くのことができます。

    別の人から見れば、競争上の脅威です。

    そして規制当局から見れば、市場インフラと情報を同じグループが持つことによる、また別の問題が見えてきます。

    実際、欧州委員会が買収を承認するために求めた条件も、そこに関わっていました。

    データへのアクセス。

    清算へのアクセス。

    競合企業を締め出さないための仕組み。

    立つ場所によって、同じ買収の景色が違って見えるのです。

    この一連の大型買収は、会社を一つ買う行為ではありません。発表した瞬間に、株価、規制、対抗提案、売却、持分の出口、名前の残り方までが同時に動き出します。表では「買収」と一行で済むことが、内側では一つの手順として組まれている。

    買う側と買われる側が入れ替わる。

    取りにいくために、自分を作ったものを手放す。

    拒むことが、残したい取引の宣言になる。

    完了しても、名前が消えるまで仕掛けは終わらない。

    私は、その構造を調べながら、ふと思いました。

    これは、小説の土台になる。


    『かみさまは、ロンドンにいる』へ

    ここで、最初の物語に戻ります。

    第一幕「見えない戦争」には、三つの架空企業が出てきます。

    巨大な証券取引所グループ。

    買収されようとしている世界的な金融データ会社。

    そして、その買収によって大きな影響を受ける金融情報端末会社。

    もちろん、現実のLSEGとRefinitivの買収劇を、そのまま小説へ移したわけではありません。

    作中で起きる事件も、人物も、企業も、すべてフィクションです。

    私が史実から借りたかったのは、事件ではありませんでした。

    構造です。

    境界が動く。

    すると、それまで別々の場所にいた会社が、急に競争相手になります。

    昨日まで取引先だった会社が、明日は脅威になるかもしれません。

    それぞれの会社は、自分の立場から見れば合理的なことを言っています。

    けれど、少し離れて全体を見ると、まったく別の景色が現れます。

    第一幕を書きながら、私はそんなことを考えていました。

    知っていたはずなのに、

    何か一つだけ、噛み合わない。

    「ん?」

    と思う。

    その違和感の出所を、少し調べてみる。

    気がつけば、三百年以上前のロンドンのコーヒーハウスまで遡っていました。

    そして、その先に270億ドルの買収劇がありました。

    第一幕で、ひとしは、たった七秒だけ現れた数字を見て、

    「これ、どこから来たんです?」

    と訊き続けます。

    考えてみれば、今回の小説を書き始めた私がやったことも、それほど違わなかったのかもしれません。

    金融情報ベンダーの話の中に、LSEGという名前が出てきました。

    そこで、一度だけ手が止まりました。

    この結果は、どこから来たんだろう。

    始まりは、それだけでした。

    そして、少なくとも私の中では、

    この話は、まだ終わっていません。

    第二幕では、そこからさらに、別の境界を見に行くことになります。

    🔔Bell


    🖋今回、主に確認した資料

    LSEG「The history of LSEG」
    【和訳】LSEGの歴史
    1698年から、Borsa Italiana、LCH、FTSE Russell、Refinitivへ至る沿革。

    LSEG「Proposed all share acquisition of Refinitiv」
    【和訳】Refinitivの全株式対価による買収提案
    約270億ドルの取引、旧Refinitiv株主の持分などを示した2019年の買収発表。

    LSEG「Rejection of Conditional Proposal from HKEX」
    【和訳】香港取引所(HKEX)による買収提案の拒否について
    Refinitiv買収発表後のLSEG株価上昇や、約58億ポンドの株式価値増加にも言及。

    LSEG「LSEG to complete divestment of Borsa Italiana Group to Euronext」
    【和訳】Borsa Italiana GroupのEuronextへの売却完了
    2021年のBorsa Italiana売却と、その資金使途を確認した資料。

    Thomson Reuters「Thomson Reuters and Blackstone Announce Strategic Partnership for Thomson Reuters Financial & Risk Business」
    【和訳】Thomson ReutersとBlackstone、Financial & Risk事業に関する戦略的提携を発表
    2018年のF&R事業55%売却、約200億ドルの評価額、45%持分維持などを確認した資料。

    Thomson Reuters「Thomson Reuters Announces Sale of Remaining Stake in London Stock Exchange Group」
    【和訳】Thomson Reuters、LSEGの残存持分売却を発表
    2024年、Thomson ReutersがLSEGへの投資から退出した際の公式発表。

    European Commission「M.9564 — LSEG / Refinitiv」
    【和訳】企業結合審査 M.9564――LSEG/Refinitiv
    Borsa Italiana売却や清算・市場データへのアクセス確保など、競争法上の審査と是正措置。


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    サッチャー政権末期のロンドン、冷戦終結直後の欧州に居ました。特別な立場でなく、ただその現場周辺にいた一人として。そこで出会った人々から教わったことは、今も自分の中に根付いています。忘れないつもりで記録を始めたはずが、気づけばエッセイになり、小説になり、映像になっていました。

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