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お金で何を守ろうとしているのか

    前回の「お金について考えたい」は…

     お金の不安が消えないまま生きていると、ときどき思う。

     私は、いったい何をそんなに守ろうとしているのだろう、と。数字だろうか。将来だろうか。失敗しない自分だろうか。
     問いは簡単そうで、答えはなかなか出てこない。

     よく考えてみると、守ろうとしているのは、お金そのものではない気がする。安心して眠れる夜だったり、誰かに迷惑をかけずに暮らせる感覚だったり、いざというときに「大丈夫」と言える余地だったりする。
     そのためにお金が必要なだけで、お金が目的になったわけではなかった。

     けれど、いつの間にか手段と目的は入れ替わる。
     残高が減ると、不安になる。予定外の出費があると、心がざわつく。それは、守りたいものが見えなくなり、数字だけが前に出てくるからだ。数字はわかりやすい。比べやすい。評価しやすい。その分、本当に大切なものは、後ろに隠れてしまう。

     お金の不安が強いとき、人は未来を小さく見積もる。余白を削り、選択肢を減らし、安全そうな道だけを残す。それは間違いではない。ただ、その過程で、喜びや好奇心まで一緒に削ってしまうことがある。
     気づかないうちに、守るために生きる日々になってしまう。

     ここで、そっと立ち止まりたい。
     守りたいものは、本当にそんなに脆いのだろうか。
     少し失敗したら、少し足りなかったら、すぐに壊れてしまうものなのだろうか。これまでを振り返ると、案外、壊れずに残ってきたものも多い。

     人との関係、積み重ねた時間、身体に残った感覚。お金では買えなかったものが、すでに手元にある。その事実は、不安を消してはくれないけれど、不安の大きさを測り直す材料にはなる。

     守ることと、閉じることは違う。
     守ることと、縮こまることも違う。お金の不安に向き合いながら、それでも何を大切にしたいのか。その問いを持ち続けるだけで、選び方は少し変わる。

     この連載の中で、何度も言葉にしてきたけれど、もう一度確認しておきたい。あなたが不安を感じるのは、弱いからではない。
     大切なものがあるからだ。その事実は、どんな数字よりも確かだ。

     次は、その大切なものを抱えたまま、どうやって日々の選択をしているのか。その小さな判断の積み重ねについて、考えてみたい。

    #お金について考えたい

     
     
    https://note.com/big_hilo 世の中の綺麗事の裏側にある不都合な真実を言語化しようとする実験的note。幸福の土台は感情論ではなく冷徹な合理性にあるのでは!?そんな少し皮肉で限りなく自由なコラムを模索中。読後、あなたの常識が少しだけ書き換わるかもしれません。

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