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お金の不安を誰にも話せなくなる理由

    前回の「お金について考えたい」は…

     不安は、ひとりでいるときに強くなる。
     これは気のせいではない。

     夜、家の灯りが落ち、音が少なくなると、昼間は押し込めていた考えが、ゆっくりと浮かび上がってくる。
     今日の出費、来月の予定、もしものこと。
     その一つひとつが、胸の内側で形を持ち始める。

     けれど、その不安を誰かに話そうとすると、言葉が止まる。
     重いと思われたくない。だらしないと思われたくない。ちゃんとしていない人だと見られたくない。そんな気持ちが、喉のあたりで言葉を引き戻す。

     お金の話は、なぜか評価と結びつきやすい。
     いくら持っているか、どれだけ稼いでいるか、どんな選択をしてきたか。それらが、そのまま人としての点数のように扱われる場面を、私たちは何度も見てきた。だから無意識に、防御の姿勢を取る。話さないことが、いちばん安全だと身体が判断する。

     もうひとつ、理由がある。
     お金の不安は、はっきりした形を持たない。足りない気がする、将来が怖い、安心できない。どれも曖昧で、説明しにくい。
     その曖昧さを言葉にした瞬間「考えすぎだよ」「大丈夫だよ」と軽く流されることを、どこかで知っている。だから最初から、話さない。

     こうして、不安は内側に溜まっていく。
     誰にも見えない場所で、少しずつ重さを増していく。外からは普通に見えるのに、内側ではずっと力が入ったまま。その状態が続くと、人は自分の感覚を疑い始める。本当に苦しいのかどうか、わからなくなってくる。

     ここで、ひとつだけ伝えておきたい。
     話せなくなったのは、あなたが弱いからではない。
     話せない空気の中で、長く生きてきたからだ。
     安心して話せる場が少ない社会で、黙ることを選んできただけだ。

     寄り添うというのは、無理に言葉を引き出すことではない。
     話したくなったときに、話してもいいと思える余白を残すことだと思う。沈黙のままでもいい。考えがまとまらなくてもいい。そのままで、ここにいていい、と感じられることが大切だ。

     もし今、誰にも話せない不安を抱えているなら、それは失敗ではない。むしろ、これ以上自分を傷つけないために、身体が選んだ自然な反応だ。
     そのことを、まずは自分だけでも認めてあげてほしい。

     お金の不安は、解決する前に、共有される必要がある。
     正しい答えより先に、「わかる」と言われる経験が必要だ。

     次は、その共有が、なぜ少しだけ人を楽にするのか、その理由を考えてみたい。

    #お金について考えたい


     
     
    https://note.com/big_hilo 世の中の綺麗事の裏側にある不都合な真実を言語化しようとする実験的note。幸福の土台は感情論ではなく冷徹な合理性にあるのでは!?そんな少し皮肉で限りなく自由なコラムを模索中。読後、あなたの常識が少しだけ書き換わるかもしれません。

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