
【響きの国】七十二候──菊花開──千年の長寿を、あなたへ
十月。
七十二候では、菊花開(きくのはなひらく)。
秋が深まり、菊の花が咲く頃を迎えました。
白や黄色、淡い紅色の菊が花を咲かせ、近づくと独特の香りが漂ってきます。
菊は中国から日本へ伝わり、平安時代には宮中で大切に育てられ、長寿を願う花として親しまれるようになりました。
旧暦九月九日は、重陽(ちょうよう)の節句。
この日、宮中では菊の花を眺め、酒を酌み交わし、長寿を願う宴が開かれていました。
その風習の一つに「菊の着せ綿(きせわた)」があります。
重陽の前夜、咲いている菊の花に真綿をかぶせ、一晩かけて夜露と花の香りを含ませ、翌朝、その綿で顔や身体を拭うと、老いを払い、長生きできると信じられていたのです。
今から千年以上前。
寛弘五年(1008年)の九月九日。
紫式部のもとへ、藤原道長の妻、源倫子(みなもとのともこ)から菊の着せ綿が届けられます。
使いの女性は、倫子から預かった言葉を伝えます。
「いとよう、老い拭ひ捨てたまへ」
どうぞ、十分に老いを拭い捨ててください。
その言葉を受け取った紫式部は、一首の歌を詠みました。
菊の露 若ゆばかりに 袖触れて
花のあるじに 千代は譲らむ
私はこの菊の露に少し触れ、若返るだけで十分です。
千年の長寿は、この花の持ち主であるあなたにお譲りしましょう。
自分の長寿を願って届けられた菊の綿に、今度は相手の長寿を願う歌で応えようとしたのです。
ところが、歌を届けようとした時には、倫子はすでに帰っていました。
紫式部はその歌を渡すことができず、そのまま日記に書き残しました。
千年前の人も、自分のことを気遣ってくれた相手に、同じように長生きしてほしいと願っていたんですね。
渡せなかった一首の歌が、千年の時を越えて、今も残っています。
観音龍詠唱《菊露千代ノ詠》
ネノネノネ
オンネノネヨ
秋ノ庭ニ
菊花ヒラキ
白キ花ニ
夜露宿ル
一夜ノ綿ニ
千代ノ願ヒ
老ヒヲ拭ヒ
若キヲ招ク
菊ノ露ヨ
千代ノ露ヨ
我ガ身ニ願フ
長キ齢ヲ
汝ガ身ニ譲リ
幸アレト願フ
詠ミシ一首ハ
届カズトモ
言ノ葉ハ残リ
千年ヲ渡ル
オンヒーリャヒーリャ
観音龍ヨ
花ニ宿リシ
千代ノ願ヒヲ
遠キ人ヘモ
今在ル人ヘモ
隔テナク
届け給ヘ
菊花ヒラケ
千代ニ栄エヨ
ヒビケソワカ

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