
山口から東京へバイク下道旅 ~大阪から和歌山編~
こんにちは、ブラキンです。
昨日からXを始めてみたのですが、SNSにほぼ触れてこなかった人生だったので、インプレッション数を見て「こんなに人の目に触れるのか」と素直に驚きました。
今回は前回の続き、大阪から和歌山までの旅を書いていこうと思います。
🏍️ 前回のあらすじ
山口を出発し、岡山 → 京都 → 大阪と抜ける中で感じた日本の“構造”みたいなものを書きました。
特に大阪の夜の街は、深部にある文化がむき出しで、ある種の美しさすらあったのを覚えています。
では今回は、その翌朝。
大阪観光から和歌山へ向かった一日をまとめます。
👇前回の記事
5日目:朝から大阪観光 → 和歌山へ
■ 大阪城編
この日は夕方から和歌山の友人と合流する予定だったので、昼間が丸ごと空き時間。
せっかくなので大阪観光へ。
写真を見返していると、旅の本筋とは関係ないけどどうしても載せたくなる“味のある大阪”があったので、先に置いておきます。

さて、大阪城へ向かいます。
大阪城は今まで見た城の中でもトップレベルでデカい。
堀の広さ、石垣の規模感、すべてが「人力で作ったとは思えない領域」。
特に城周りの堀は緑に飲み込まれていて、
「浮いてないだけで、ほぼラピュタ」
みたいな状態になっていました。




歩きながらふと思ったのが、
「都会って田舎と景色の構造が逆転してるな」
田舎は手前が建物で奥が自然。
都会は手前が自然で奥が建物。
この違和感がなんか面白かったですね。

それから気になったのが石垣の作り方。
外側は大きくて整った石なのに、中身は小石がギッシリだったりする。こういう“見せ方の構造”って昔からあるんだなと。

数百年前にこれを手作業で積み上げたのかと思うと、当時の石職人の誇りや執念を想像してしまいます。
■ 前方後円墳編
大阪城を出て南下する途中、通天閣が目に入ったので寄り道。

通天閣周辺には昭和レトロそのままの空間がまだ残っていて、思わず「令和にまだこんな場所があるのか…」と感動しました。

さて、本命の前方後円墳へ向かいます。
目の前にしての第一声は、
「デカすぎて、ただの森にしか見えん」。
Google Map を見てようやく「あ、ここが円墳なんだ」と理解するレベル。


権力者は墓を大きく作りがちですが、
私は「意識が消えるなら墓は不要派」なので、自分の生きた記録は子孫という形以上で残したくないなと思いました。
■ 和歌山編
寄り道に寄り道を重ね、ようやく和歌山へ。
ここで高専時代の同級生と合流。
5年間田舎の同じクラスで毎日顔を合わせていたやつと、まさか和歌山で飲む日が来るとは思わんかった。
友人おすすめの店を3軒ハシゴ。
和歌山駅周辺を歩いていて思ったのは、
明らかに若い“ヤンチャ系(ヤリラフィー)”が全国平均より多い。
完全に土地の気質だと思う。
そして3軒目。
友人が「ここは一回行っとけ」と言うので連れて行かれたのが、いわゆる“大人のテーマバー”。
カウンターの奥に鏡が置いてあり、店員さんはおしり丸出しバニーコス、視線の角度によっては…まあ察してほしい、高専で5年間隔離されていた僕には刺激が強すぎて、逆にまともに見れなかった。
普通に店員さんと敬語で話してしまうほどの緊張感。
普通に飲みながらカラオケをしてそのまま友人宅に帰宅、友人宅ではSwitchの「遊び大全」をし、オセロでは私がボロ勝ちし、
「学生時代の成績なんて関係ないぞ!!!」
とバカ代表としての名誉を回収しておきました。

■ まとめ
本当は和歌山から東京まで書きたかったのですが、
大阪が濃すぎて文章量がえぐいことになったので今回はここまで。
次回は「和歌山 → 三重 → 静岡 → 東京」の旅路をしっかりまとめます。
どうぞよろしくお願いします。