
バイク旅のその後の話
皆さんこんにちは、ブラキンです。
この記事では、バイク旅のその後について書いていこうと思います。
ひとつ前の記事で、「一人で神奈川の家にこもってソフト開発をしていた」と少し書きました。
今回はその周辺の話と、なぜ今沖縄にいるのかについて書いていきます。
前回の記事はこちら。
バイクで関東に着いてから
まず、バイクで関東に着いて最初に困ったことは、住む場所でした。
そもそも旅が目的だったので、事前に宿を取っていたわけではありません。
関東に着いてからは、2週間ほど友人の家を転々としていました。
ただ、だんだん申し訳なくなってきたのと、駐車場問題もありました。
バイクを停めるだけでもお金がかかるし、そもそもバイクで山口まで帰るのもだんだん面倒になってきました。
それならもう住んでしまえばいいか、ということで、神奈川で賃貸契約をしました。
新宿まで電車で30分以内で行けるのに、家賃が4万円以下だったのでかなり驚きました。
関東ってもっと全部高いと思っていましたが、探せば意外とあるものですね。
ただ、引っ越しをしていたわけではないので、最初は家具家電が何もありませんでした。
バイクに積んでいたキャンプ道具の中の寝袋で、1か月ほど寝ていました。
そんな生活をしながら、暇すぎて「ブラキン」という名前でnoteの記事を書き始めたのがこの時期です。

山口から神奈川へ、自力引っ越し
1か月ほど経って、年末年始ごろにU25を使って山口に帰りました。
年末年始を過ごしてから、ようやく引っ越しの荷物をまとめて、神奈川へ引っ越すことにしました。
引っ越しの方法は、ズバリ自力です。
当時乗っていた小さな軽自動車に、持っていける荷物をすべて詰め込みました。
そして、高速道路で一晩かけて山口から神奈川まで走るという、なかなか地獄みたいな引っ越しをしました。

高速道路から降りると料金が高くなってしまうので、この時はご飯の時以外、ほとんど休憩なしで走り切りました。
特に静岡あたりでは120km制限の道路があり、トラックや風に車体があおられてかなり怖かったです。
小さい軽自動車に荷物を詰め込んで長距離を走るものではないですね。
いよいよ神奈川生活
引っ越しが終わってからは、少しずつ家具を整えて、ようやく生活らしくなってきました。


この環境で、僕は3か月ほど家にこもっていました。
とはいえ、もともとアウトドア気質なので、完全に引きこもっていたわけではありません。
横須賀の方で潮干狩りをしたり、関東の市場を巡ったり、友人と新宿駅から東京駅まで歩いたり、富士山の方までドライブしたりしていました。
引っ越しで持ってきた軽自動車でドリフトをしに行ってみたり、キックボクシングを始めたりもしました。
それに、いろんな人が家を出入りしていて、合計すると1か月近く誰かが泊まっていた気がします。
一人でこもっていたと言いつつ、意外と人の出入りは多かったです。
あとは自炊に命をかけたり、バレンタインデーに琥珀糖を作ったりもしていました。



そして沖縄へ
そんな感じで過ごしていると、友人から「沖縄で半年間働かないか」と誘いがありました。
それを聞いて、よっしゃ行くか、ということで4月から沖縄にいます。
結局、神奈川には3か月しかいませんでした。
なので、沖縄から神奈川に帰る頃には、神奈川生活より沖縄生活の方が長くなっていることになりますね。笑
ちなみに沖縄に行く前に、バイクを神奈川に放置したくなかったので、一度バイクで神奈川から実家の山口まで帰りました。
京都で一泊して、2日かけて帰ったのですが、それが3月ごろの話だったので、日中とはいえめちゃくちゃ寒かったです。
本当に死ぬかと思いました。
次回
次回は、なぜその期間にソフト開発をしていたのか。
そして、なぜここまで移動しながら、今は沖縄にいるのか。
そのあたりについて書いていこうと思います。
今思うと、神奈川での3か月は、ただ家に引きこもっていた時間ではありませんでした。
自分の生活を一度リセットして、次に進むための準備期間だった気がします。
かなり内省も進みました。
自分は何をしていると嬉しいのか。
何なら許せて、何は許せないのか。
どういう時に幸せを感じるのか。
そういうことを、少しずつ知っていった時間でもありました。
だから今振り返ると、あの3か月は僕の人生にとって必要な時間だったと思います。
次回は、その時期に何を考えていたのか。
そして、その先でなぜソフト開発や沖縄につながっていったのかを、僕の思想や今考えていることに沿ってまとめていこうと思います。