
🦐EBPノート|WHO車椅子供与ガイドライン2023
本記事は、WHOが2023年に公表した
「Wheelchair provision guidelines(車椅子供与ガイドライン)」を整理したものです。
日本語版は、
日本車椅子シーティング協会国際委員会・アジア姿勢保持プロジェクト(ASAP)によって制作され、2024年に発行されています。
このガイドラインが扱っているのは、
「どの車椅子がよいのか?」
だけではありません。
むしろ中心となる問いは、
「必要な人に、適正な車椅子を、どのような仕組みで届けるべきか?」
です。
WHOは、車椅子を単に「渡す」だけでは十分ではないとしています。
選択 → 適合 → 教習 → フォローアップ
という一連のサービスと、
それを支える人材・紹介体制・評価システムまで含めて、車椅子供与を考えています。
1. このガイドラインは何を目指しているのか?
本ガイドラインの目的は、
車椅子を必要とするすべての人が、適正な車椅子へ公正にアクセスできるよう支援すること
です。
対象は限定されていません。
子ども
高齢者
移動に障害がある人
慢性的な健康条件がある人
など、車椅子を必要とするすべての人が対象です。
さらに、
✔ あらゆる国
✔ あらゆる車椅子ユーザー
✔ あらゆる種類の車椅子
に適用されます。
手動車椅子だけではなく、電動車椅子、電動アシスト、3輪車、スクーター、さらにクッションや姿勢支持などの必要不可欠な部材・機能も含まれています。
2. 「適正な車椅子」とは?
WHOは「適正な車椅子」を、単に身体寸法が合っている車椅子とは考えていません。
適正な車椅子とは、
✔ ユーザーのニーズに合う
✔ 環境条件に合う
✔ 適切にフィットし、姿勢を支える
✔ 安全である
✔ 耐久性がある
✔ 国内で入手できる
✔ メンテナンスできる
✔ 継続したサービスを受けられる
✔ 無理のない価格で利用できる
という条件を満たすものです。
ここは非常に重要です。
身体に合っていることだけが「適正」なのではありません。
その人が生活する環境で使用でき、壊れたときに修理でき、必要な支援を継続して受けられるところまで含めて、「適正な車椅子」とされています。
3. ガイドラインを支える4つの原則
本ガイドラインには、すべての推奨事項を支える4つの包括的原則があります。
① 適正な車椅子へのアクセスは人権である
車椅子へのアクセスを、単なる医療・福祉サービスではなく、個人的移動への権利という枠組みから捉えています。
② 車椅子供与サービスは人間中心でなければならない
車椅子ユーザーを「車椅子を与えられる人」として受動的に扱うのではなく、本人の関与と選択を重視します。
③ 車椅子供与はユニバーサル・ヘルス・カバレッジの不可欠な要素でなければならない
経済的困難を生じさせず、必要な人が車椅子へアクセスできる仕組みが求められます。
④ 適正な車椅子へのアクセスは公正でなければならない
年齢、ジェンダー、社会経済的地位、地理的条件などにかかわらず、必要な人が必要な支援を受けられるシステムが求められます。
つまりWHOが考える車椅子供与は、
「本人に合った車椅子を選ぶ」という臨床技術だけの問題ではありません。
人権、人間中心、公正なアクセス、
保健システムまで含んだ問題として位置づけられています。
4. WHOが示した7つの推奨事項
本ガイドラインには、
大きく7つの推奨事項があります。
そのうち、
サービスレベル:4項目
選択
適合
教習
フォローアップ
システムレベル:3項目
職能を備えた労働力
シームレスな紹介・相談とアクセス
系統的な評価
という構造になっています。
ここから一つずつ見ていきます。
5. 推奨1|選択
強い推奨事項/低いエビデンス確度
WHOは、
車椅子は、
必ず個別の事前評価と選択のプロセスを用いて供与すること
を強く推奨しています。
選択では、車椅子ユーザーと適正な教習を受けた職員が協働し、
身体
機能
環境
生活様式
本人のニーズ
本人の好み
を明らかにします。
そのうえで、それらのニーズを最もよく満たす車椅子を選択します。
つまり、
「この疾患ならこの車椅子」
という選び方ではありません。
疾患や身体機能だけでなく、
その人がどこで、どのように生活し、何をしたいのかまで含めた選択が求められています。
6. 推奨2|適合
強い推奨事項/低いエビデンス確度
WHOは、
車椅子は、必ず個別の事前評価に基づいて各人に対して下準備し、フィッティングすること
を強く推奨しています。
ここでいうフィッティングは、単なる座面の高さ調整ではありません。
車椅子本体
クッション
姿勢支持具
その他の付属品
を調整・改造し、
最適なフィッティング、移動性、姿勢支持、機能
を得ることが目的です。
前回整理した「車椅子シーティング実践ガイドライン2019」と特に接続する部分です。
シーティングは、WHOが示す車椅子供与プロセス全体のなかでは、
適合を支える重要な要素の一つとして捉えることができます。
7. 推奨3|教習
WHOは、車椅子ユーザーとその補助者に対して、車椅子を最大限活用できるよう教習を提供することを推奨しています。
内容によって推奨とエビデンス確度が異なります。
車椅子の使用技能
→ 強い推奨事項/中等度のエビデンス確度
車椅子機構の使い方
→ 強い推奨事項/中等度のエビデンス確度
関わり合う人への指示
→ 強い推奨事項/非常に低いエビデンス確度
メンテナンスと修理
→ 条件つきの推奨事項/非常に低いエビデンス確度
です。
教習には、
車椅子への乗り降り
車椅子による移動
各機構の使用
補助者への指示
メンテナンス
簡単な修理
などが含まれます。
つまり、
「車椅子を渡して、使い方を簡単に説明して終わり」ではない
ということです。
ガイドラインでは、
車椅子技能教習について複数の系統的レビューやメタ分析を含む研究があり、安全性と有効性が示されていることも紹介されています。
8. 推奨4|フォローアップ
条件つきの推奨事項/非常に低いエビデンス確度
WHOは、
継続的フォローアップは車椅子サービス提供の不可欠な一部であり、あらゆる車椅子ユーザーに生涯を通じて提供・用意しておくべき
としています。
フォローアップには、
① 再評価
② 是正
という2つの要素があります。
再評価では、
今の車椅子が、その人のニーズを満たしているのか?
をユーザーとサービス供与者が協働して確認します。
問題が見つかれば、
調整
修理
メンテナンス
必要な変更
などを行います。
つまり、車椅子供与は、
「渡した時点」で終了するサービスではありません。
身体状態、生活環境、活動、車椅子そのものは時間とともに変化します。
その変化に合わせて再評価するところまでが車椅子供与です。
9. 4つのサービスステップ
ここまでをまとめると、
WHOが示す最低限の車椅子サービスは、
選択
↓
適合
↓
教習
↓
フォローアップ
です。
WHOは、
サービスモデルを通じた車椅子供与には最低でもこの4つが必要だとしています。
これは臨床で非常に使いやすい整理だと思います。
車椅子を処方・導入するとき、
「何を選んだか」だけではなく、
適切に選択したか?
適切に適合したか?
使い方を教習したか?
その後をフォローしているか?
という4段階で確認できます。
10. 推奨5|職能を備えた労働力
ここからは個々の車椅子ユーザーへのサービスではなく、
それを支えるシステムの話になります。
強い推奨事項/中等度のエビデンス確度
WHOは、
車椅子供与業務は、必ず各業務に特化した職能を有する者が遂行すること
を強く推奨しています。
ここでいう「職能」は、
技能
知識
意識
ふるまい
を統合し、望む成果を達成する能力とされています。
必要な教習や職能を持たない人による車椅子サービスは、
ユーザーに深刻な危害をもたらしうるとされています。
また、車椅子供与には、
見極め・紹介・相談
臨床
技術
教習
事業管理
など複数の業務があります。
特に臨床職員は、選択・適合・使用・フォローアップを通じてユーザーと直接関わり、技術職員と連携することが想定されています。
車椅子供与は、
一職種だけで完結するものではないことがわかります。
11. 推奨6|シームレスな紹介・相談とアクセス
強い推奨事項/非常に低いエビデンス確度
WHOは、
車椅子供与を、保健システムとその他の関連部門のあらゆるレベルにわたって、シームレスに統合すること
を強く推奨しています。
ここには、
ニーズの見極め
紹介・相談
サービス提供
が含まれます。
さらに、
一次医療
二次医療
三次医療
教育
就労
社会福祉
などを必要に応じてつなぐことが想定されています。
つまり、
「必要な人を見つける → 適切なサービスへつなぐ → 車椅子を供与する」
までの流れそのものが途切れない仕組みが必要です。
12. 推奨7|系統的な評価
条件つきの推奨事項/非常に低いエビデンス確度
最後は、
車椅子供与そのものを評価する
という推奨です。
WHOは、
車椅子供与の出来ばえを測定・評価し、その結果を、人間中心で公正なアクセスを継続的に強化するために活用することを求めています。
測定するのは、
サービスユーザー
職員
供与
供与された製品
などに関する情報です。
そして、
目標を満たしたのか?
上回ったのか?
達していないのか?
を評価します。
弱点が見つかれば、
供与プロセスそのものを変えていきます。
これは、
供与 → 評価 → 改善
という、
サービスレベルでの質改善の考え方です。
13. 「強い推奨=強いエビデンス」ではない
このガイドラインをEBPとして読むうえで、特に重要なのがここです。
7つの推奨を見ると、
強い推奨なのに、エビデンス確度が低い/非常に低い
ものがあります。
たとえば、
個別評価に基づく選択:強い推奨/低い確度
個別評価に基づく適合:強い推奨/低い確度
シームレスな紹介・アクセス:強い推奨/非常に低い確度
です。
これは矛盾ではありません。
本ガイドラインでは、
推奨事項を作る際に研究エビデンスだけでなく、
益と害
人権
社会文化的な受容可能性
公正・平等・非差別
社会的影響
財政・経済的要因
実行可能性
保健システム
などを系統的に検討しています。
つまり、
エビデンスの確度と、推奨の強さは別物です。
これはガイドラインを読むときに非常に重要なポイントです。
14. PT視点|「車椅子を合わせる」から「車椅子供与を支える」へ
理学療法士が車椅子に関わるとき、
座位姿勢
身体寸法
クッション
フットサポート
駆動
移乗
シーティング
などに目が向きやすいと思います。
もちろん、それらは重要です。
しかしWHO 2023が示しているのは、もう一段広い視点です。
評価して選ぶ。
身体と生活に合わせる。
使えるように教える。
その後も追いかける。
さらに、それを実現できる
人材・紹介体制・評価システムをつくる。
ここまで含めて車椅子供与です。
前回紹介した「車椅子シーティング実践ガイドライン2019」が、
シーティングによる座り心地、
上肢機能、移乗、駆動、座位保持などへの介入を考える資料だとすれば、
今回のWHOガイドラインは、
「それを含む適正な車椅子を、どうやってその人へ届け続けるのか」
を考えるガイドラインと整理すると、
両者の役割がわかりやすいと思います。
15. おわりに
WHO「車椅子供与ガイドライン」が示している基本構造は明快です。
サービスレベル
✔ 選択
✔ 適合
✔ 教習
✔ フォローアップ
システムレベル
✔ 職能を備えた労働力
✔ シームレスな紹介・相談とアクセス
✔ 系統的な評価
そして、
その根底にあるのは、
「人に車椅子を合わせる」だけではなく、「人を中心に車椅子供与を考える」
という発想です。
車椅子を渡したら終わりではありません。
その人の身体、機能、環境、生活様式、ニーズ、好みから車椅子を選び、適合し、使い方を伝え、その後もニーズを満たしているかを確認する。
さらに、
そのプロセスへ誰もが公正にアクセスできる仕組みをつくる。
車椅子そのものではなく、車椅子を使って生活する人を中心に置く。
WHOの車椅子供与ガイドラインは、
そのためのサービスとシステムのあり方を示したガイドラインだといえます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました😊