
【第7回】発酵は止まらない・並行して起こっている事
一次発酵と二次発酵、分かれているように見えて、実は生地の中ではずっと同じことが起き続けています。
前回は感性の回でした。今回はまた数値の世界に戻って、発酵の話です。温度と時間、そして発酵という現象そのものについて、当店で意識していることを書きます。
計量は0.1mg単位で
イーストや塩のような、少量で使うものほど、量の違いが結果に大きく響きます。当店ではイースト・塩は0.1mg単位で計量しています。ご家庭ではイースト1.4g計量というのは十分あり得ることで、ここで最小単位が1gの計量器だと、見かけは1gとなる、かたや、0.7gを計るとなってもこの計量器だとさっきと同じ1gという表示、すなわち倍の量のイースト量を間違える可能性があるということ。ぜひ、0.1g単位が計れるものを使ってください。よーいどんを間違えると、そのあとの時間が無駄になることもあります。
時間は目安、見て判断する
発酵は、何度で何分と言い切るのが、実は一番難しい部分です。気温も湿度も毎日違うので、条件を揃えられるならそれに越したことはありませんが、現実には目で見て判断するのが結局いちばん確実です。目安として、当店のイースト量(1〜1.8%)なら、食パンで最低2.5〜3倍くらいまで膨らむのに40〜60分くらい(バゲットならこんなに発酵させません)。一次発酵の温度は20〜30度の室温で十分、乾かさないことだけ気をつけて40〜60分。ゆっくり発酵させたほうが、グルテンや香り、甘み・旨みの面で良い方向に出ることが多いというのが実感です。ただしこれもあくまで目安で、状況次第でもっと時間を取ることもあります。わからないときはフィンガーチェックテストも有効です。
一次・二次は、人間が引いた線にすぎない
よく「一次発酵は味の決め手」と言われます。確かにそうなのですが、そもそも一次・二次という区切り自体が、人間が作業の都合で引いた線です。生地の中では、酵母の増殖、アルコール発酵、アミラーゼやプロテアーゼの働きが、途切れることなく同時に進んでいます。特に二次発酵の後半は、酵母の数が増えてガスの発生量が最大になりやすい時間帯です。酵母は細胞分裂でどんどん数を増やしていくので、後半になるほどガスを出す酵母そのものが増えていきます。同じペースのつもりで見ていると、後半で膨らみが急に加速することがあるので、二次発酵は後半ほど目を離さず、上がり方をこまめに確認したほうが安全です。アミラーゼが働くことでデンプンから糖がうまれ、プロテアーゼが働くことでタンパク質からアミノ酸がうまれる。これが旨みの正体です。「一次発酵が味を決める」というより、発酵している時間全体がずっと味を作り続けている、と考えたほうが実感に近いと思います。
低温でゆっくり発酵させると、なぜ美味しくなるのか
よく聞かれるのが「じゃあ低温でゆっくり発酵させると、なぜ美味しくなるのか」という質問です。酵母と酵素(アミラーゼ・プロテアーゼ)は、温度を下げたときの反応の仕方が違います。酵母は生き物なので、温度が下がると動きがはっきり鈍ります。一方、酵素は触媒なので、多少働きが弱まる程度で仕事は続きます。パンづくりでは、酵母の仕事は「膨らみ」という目に見える形で、酵素の仕事は「味」という目に見えない形で進みます。膨らみがゆっくりだからといって、中で何も起きていないわけではなく、酵素のほうはじっくり仕事を続けている。これが、低温長時間発酵でパンの味が深くなる理由だと考えています。パンは酵母のことだけ考えないで、酵素のことも考えながら作るといいと思います。
リッチ生地は話が別
ただし、これは砂糖・塩・油脂が多いリッチ生地には、そのまま当てはまりません。リッチ生地は酵素の働きそのものが弱くなり、グルテンも動きにくく、酵母の増殖も遅くなります。長く置いても、シンプルな生地のように旨みが伸びていくわけではありません。リッチ生地は30〜60分くらいの適正発酵で焼いたほうが品質は安定します。甘いパンは時間で引っ張るのではなく、副材料で味を作る、という考え方のほうが合っていると思います。そもそも、甘みや旨みを増やしたいなら、砂糖や油脂が入っていないシンプルな生地を長時間発酵させてこそ、その違いに意味が出てきます。もともと甘み・旨みの強いリッチ生地を長時間発酵させて、その違いが本当にわかるのか。甘み・旨みではなく、別のところに着目するのであれば、リッチ生地でも長時間発酵をやる意味はあると思います。
まとめ
一次発酵も二次発酵も、人間が引いた線でしかなく、生地の中ではずっと同じことが起き続けている。計量は細かく、時間は目安、そして低温でゆっくりは酵母と酵素の反応速度の違いを利用した考え方。リッチ生地だけはこの限りではない、ということも覚えておいてください。
次回は、成形の話です。