
定年おじさんの秘密(なぜ、毎日のようにNOTEが書けるのか)
「毎日のようにNOTEをいっぱい書けるね」。ありがたいことに、そんな言葉をいただくことがある。政治、経済、中国、映画、昔の思い出、仕事で経験したことなど、私のNOTEはテーマも幅広い。いったい、どこからそんなにネタが出てくるのか。不思議に思う人もいるだろう。
秘密は約50年間の日記習慣
実は、特別な秘密があるわけではない。私は日記を書くことが趣味なのだ。しかも、その習慣は約50年前から続いている。日々の出来事や、そのときに考えたことを書き留めてきた。長年の習慣のおかげで、文章を書くこと自体がそれほど苦にならない。何かを見たり、聞いたりすると、「これは面白いな」「ちょっと考えてみよう」と思う。そんな日常の小さな気づきが、NOTEの記事になる。言ってみれば、独り言のようなものだ。パソコンに向かって独り言をつぶやき、キーボードを怒りに任せて叩き続ける。ヤバいジジイなんです(笑)。
母は70年以上も日記を書き続けた
実は、私にはもっとすごいお手本がいる。私の母は、なんと70年以上も日記を書き続けてきたのだ。私の約50年など、まだまだ及ばない。毎日の暮らしや家族のこと、そのときに感じたことなどを、長い年月にわたって書き残してきた。70年以上も続けたのだから、考えてみれば尊敬に値する。そんな母も、最近、ついに日記を書くことをやめた。
母について書いたNOTE記事
母が日記を書くことをやめた話や、母から教わったことについては、以前、NOTEの記事で紹介している。記事のタイトルは「定年おじさんの思い出(母の教え)」。すでに読んでくださった方もいらっしゃるかもしれないが、まだの方は、ぜひ読んでいただきたい。母のことを知っていただくと、私がなぜ長年、書くことを楽しんできたのか、少しわかっていただけるかもしれない。
人生そのものがネタ帳
定年を迎えたからといって、人生の引き出しが空になるわけではない。むしろ、長く生きてきたからこそ、書きたいことはいくらでもある。昔の経験を思い出すこともあれば、最近のニュースを見て、過去の出来事とつながることもある。映画を一本観ただけでも、そこから社会や人間について考えが広がる。私にとってNOTEは、ゼロから何かを生み出す場所というより、長年ため込んできた経験や思いを、もう一度取り出して整理する場所なのかもしれない。
書き続けることの楽しみ
母が70年以上、私が約50年。親子そろって、ずいぶん長いこと書き続けてきたものだと思う。日記は、書いているときには自分のための記録にすぎない。しかし、年月がたつと、過去の自分を振り返る手がかりになり、家族にとっても大切な記録になる。そして、思いがけずNOTEという形で、ほかの人に読んでもらえることもある。若いころの日記習慣が、まさか定年後の楽しみにつながるとは思わなかった。母の70年以上という年月には及ばないけれど、私もこれから、書くことを楽しんでいきたい。人生、何が役に立つかわからないものですね。
ただ一つ残念なのは、我が子には日記を書く趣味が遺伝しなかったことだ。もっとも、バンドに熱中して、作詞作曲はしているようだ。あれ? 文章を書く代わりに、音楽で自己表現しているのか。そう考えると、遺伝しなかったのではなく、表現することへの情熱は、別の形で受け継がれているのかもしれない。まあ、親バカの考えすぎかもしれませんが(笑)。