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サリンジャーの家(7)

     

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    コーニッシュにあったデリ

     2010年7月の訪問後もしばらくはサリンジャーのニュースに注目していましたが、まもなく日本に戻ったこともあり、その後はサリンジャーのことはほとんど忘れていました。
     それがなぜ15年以上たって訪問記を書くことを思い立ったのかというと、ある本を読んで、苦しかった高校時代に救いとなったサリンジャーのことを思い出したからでした。その本のことはNoteで書いてみましたのでご関心ある方は参照ください。
    https://note.com/butakichi/n/n4a9517e33f23

     今回訪問記をまとめるにあたって、ネットで調べてみると、サリンジャーが通ったデリは移転し、古い建物は取り壊されてしまったようです。雑貨店も閉業していました。
     肝心の「301 Lang Road」の家はどうなっているのかはネット情報だけでは分かりませんでした。Google Mapを見ると建物は残っていますが、ストリートビューはないので建物がどうなっているのか不明です。
     ただ今回新たに分かったことがあります。コーニッシュにはサリンジャーの家は2軒あり、1953年に移り住んだときの家は少し南にある「342 Lang Road」。1967年に「301 Lang Road」に家を新築して引っ越し、そのまま40年以上住み続け、ついに終焉の地となったとのことでした。
     「342 Lang Road」の家は1980年代に別の人間が購入していましたが、2014年に売り出され、ニュースになっていました。

    https://www.cbsnews.com/pictures/j-d-salingers-new-hampshire-house-for-sale/12/

     それはともかく、あの時思い切って行っておいて良かったのです。今行ったらネット情報で場所はつきとめられるかもしれません。しかし関係者にうまく接触できた可能性は低く、「本当にここに住んでいたのだろうか?」などともやもやが残る訪問になったでしょう。
     サリンジャーの死後、出版されるとみられていた遺稿はいまだに遺族が保管したままです。サリンジャー自身が出版を望んでいると言われ、整理が進んでいるという報道もありますが、私はかなり懐疑的です。
     SNS、ネット社会になって、心の問題で悩む人は増え続けており、「ライ麦畑でつかまえて」の読者も世界的に広がっているとみられます。一方でサリンジャーの後期の作品はかなり難解です。遺稿の多くは同様に難解な作品の可能性があります。これらを無理に出版しても「ライ麦」の読者を失望させてしまうだけではないか?新刊の出版により得られる利益より「ライ麦」のイメージを損なうことの方が大きいと判断しているのではないでしょうか。
     いや、出版すれば世界的に売れるはずだからそれはゲスの勘繰りだと言われるかもしれません。しかしサリンジャーは隠遁生活を送ることで「ライ麦」のイメージを保ち続けた。それを簡単に崩したくないと考えても不思議はないと思いますが、いかがでしょうか。
     7回にもなってしまった「サリンジャーの家」は今回で終わります。辛抱強くおつきあいくださった方、1回分でも目を通してくださった方ありがとうございました。
                                  (了)
     


      




     
     
    「濹東綺譚」の大江匡と同い年です。関西出身。 20年以上、国際情勢の分析をしてきました。 よろしくお願いします。

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