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昨夜の続きです。

水分が解禁になって間もなく、食事も解禁になった。
最初は五分粥。

米1:水10。
ほとんどスープだが、贅沢は言ってられない。

「食事の時間です」という院内放送に、仲間入りできたことが嬉しかった。

右下腹の痛みも「重み」→「固み」→「違和感」と感覚が変わってくる。
水を飲み、食事を摂ることによって、徐々に元気が出てきた。

そうすると余裕も出て、周りに目を向けられるようになる。

たとえば。

点滴につながれてる間は、風呂はおろか、シャワーを浴びることすらできない。
なので身体を濡れタオルで拭くことになる。

夜、いつものように看護師さんにタオルを持ってきてもらうと、

看「拭きましょうか?」
幹「!? いや、いいですいいです」

あまりにも予想外なサービスの申し出。
動揺し、全力で辞退する幹夫36歳。

しかしその後自分で拭きながら、「あ、背中とか、拭きにくい所はお願いしても良かったかな」と後悔する。

身体を拭いてもらうなんて、普段なかなか経験しないからね。
看護師さんも大変だ。
いつもありがとうございます。

そして洗濯物を取りに行くのは地下。
ある時、ふとクリーニング室近くの、部屋の表示を見る。

「霊安室」

そうだよな。
入院施設があるというのは、そういうこと。

また退院間近、カーテンを開けて食事をしていると、同室の初老男性に話しかけられた。
そこで分かったのは、俺以外の同室者は、全員ガン患者。

中には5年後生存率が55%で、4年経った人もいた。
それを聞いてから、雑談を「うるさい」と思わなくなった。

そして入院8日目に退院。
入院中、ずっと気がかりだったことがある。
駐車場に停めっぱなしのアルテッツァだ。

ここの病院はコインパーキングなので、1週間ともなると、料金は数万円に達するのでは?
それは事務の人と交渉して、何とか無料にしてもらった。

体重は1週間で5キロくらいやせた。
シャバの光と空気を味わいながら、また自分で運転して帰る。

この入院で最も感じたのは、「生死もまたグラデーションである」ということ。
造影剤のサイン、霊安室、同室者の病状。

たかが盲腸でも、放置すると命に関わる。

盲腸の原因は多岐にわたるが、今振り返ると、包丁やまな板の洗い方が甘かったのかもしれない。
一人暮らしでは自炊していたが、胃腸の調子は悪かった。

今でも大腸検査のたびにポリープを切っているので、食事や生活習慣には気をつけよう。

自分は今、グラデーションのどの位置にいるのか。
それを意識して生きると、人生が濃くなる。

保存した盲腸の再発率は20~30%と言われているが、幸い俺は、15年経っても再発していない。

もちろん一生再発しないのが一番だが、もし再発したら、今度は看護師さんに背中を拭いてもらおう(笑)。

 
 
横浜に住む臨床心理士です。 生きやすくなる考え方をしましょう! 仕事やプライベートで気づいたことをもとに、生きやすくなる考え方を見出していきます。 サポート校勤務後、公立小、中、高校で23年間スクールカウンセラー。 元大学非常勤講師。 中3時不登校、通信制高校出身。

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