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👩‍🍼あなたの為を思って【二番じゃダメですか?】1501


    前回の投稿は2025.10.25。
    また間隔が空いてしまった。

    今日5月15日は葵祭の日で、通っていた高校の創立記念日。
    「○○高校の生徒は恵まれていますね。
    創立記念日(学校は休み)ですから、行こうと思えば毎年でも葵祭に行けますね」と国語科の超厳しい名物教諭が授業中に言った。
    お陰でどちらも忘れることはない。
    勿論、沖縄本土復帰記念日だということも忘れてはいない。



    会場(母が信仰している新興宗教の集会場の通称)の「お答え」により、高校卒業後の進路は「就職」と決められてしまった。
    進学校に通っているのに。
    周囲のほとんどは国公立大を受験するのに。
    私だって大学に進むつもりだったのに。


    自分の希望通りに進むということは、遺伝で定められたままの人生。
    生まれ持った遺伝を変え、最終的に「自他ともに認める幸せ」に到達するには、会場に通い、教主のオーラ(パワー?エネルギー?フォース?)によって遺伝を変えていただき、お答え通りに進まなければならない。

    どうして遺伝のままの人生を否定されるのだろう?
    どうして「幸せ」を他者に認めてもらう必要があるのだろう?
    どうしてこんなことを大真面目に信じ込めるのだろう?
    どうして他者にまで押し付けるのだろう?
    信じたい人だけが勝手に信じておけばいいのに。

    会場や母によると、こんなことを考える私は「素直ではない」らしい。
    理屈はともかく、実行することこそが幸せへの近道らしい。
    その「幸せ」って、誰が決めた幸せ?
    私が「幸せ」だと感じられなくても、会場や母が「それがあなたの幸せです」と言えば、「私は幸せだ」と思わなくてはいけないの?

    言いなりになる必要はない。
    話し合いをすればいい。
    歩み寄れないなら反抗すればいい。
    母と距離を取ればいい。
    物理的に離れるのが難しければ、気持ちだけでも。

    解っていてもできなかった。
    だって、幼い頃から母に否定され続け、怒られ続け、「お姉ちゃんなのに」「お姉ちゃんのくせに」「お姉ちゃんだから」と弟妹と比べられ、「育て方を間違えた」「お腹に戻してやり直したい」と泣かれていたから。
    「私はダメだ」「私はできない」「私は間違えている」「母の機嫌を損ねては生きていけない」と思い込んでいたから。
    書くだけで苦しくなってくる。

    この時期父は「通えるけれどやや遠方」に通勤しており、朝は早く帰りは遅かった。
    休日は接待ゴルフで早朝出発、帰宅したら疲れて寝てしまう。
    とても会話をするどころではなかった。
    母の信仰は父には内緒。
    「今は未だ伝えるべきタイミングではない」と、母は会場から「お答え」をいただいていたらしい。
    私たちきょうだいも「会場のことをお父さんに言ってはいけない」と、母から緘口令を敷かれており、(進路について)父に味方してもらおうなんて考えつかなかった。

    在籍している進学校では、大卒で就職するには困難を極めるような旧財閥系の一流企業や、ANAのCAの求人などが選り取り見取りだった。
    但し高卒の就職は、学校斡旋かつ一人一社制(単願)で選考試験日は一斉。
    併願はできず、万一不合格で別の企業に応募しようにも、その企業の募集枠が残っている保証はない。
    母は、どの企業に応募するか会場でお伺いするよう私に仕向け、「一番良いのは○○化学、ニ番目は○○銀行」とお答えをいただいた。

    就職希望者はほとんどいない進学校ではあるけれど、Bさんは担任にも進路指導教諭にも何ヶ月も前から「絶対に○○化学に就職する‼︎」と宣言していた。
    私は就職に興味がなかったので、○○化学のこともBさんが○○化学希望だということも全く知らなかった。
    ○○化学に応募できるのは、学校から推薦を受けた1名だけ。
    校内選考を通過しなければ、応募できない。

    Bさんの顔や名前くらいは知っていたけれど、喋ったことはなく、同じクラス(47人×10クラス)になったこともなければ、同じ授業を取ったこともない。
    Bさんは何ヶ月も前から担任も進路指導教諭も味方につけていて、友人たちからも「○○化学に就職する人」と認識されている。

    会場のお答えというだけで、私には○○化学に思い入れはないし、絶対に入社したいとも思っていない。
    Bさんと争う気なんてサラサラない。
    二番目の○○銀行も同じ財閥系。
    ○○銀行なら競合生徒もおらず、難なく学校推薦を受けられる。
    求人票によると、ボーナスだって休日日数だって、○○化学より多い。
    気持ちはどんどんと○○銀行に傾いていった。

    そんな私を母は決して許さなかった。
    「せっかく会場でお答えをいただいたのに、二番目では意味がない」
    「一番目と二番目の間には大きな差がある」
    「何としてでも一番の○○化学を受けなさい」
    受けなさいと言われても、校内選考を通過し学校推薦を得られなければ応募できない。
    学校推薦は8割方Bさんに決まっている。
    私には、Bさんを蹴落としてまでも応募したい気持ちはない。

    当時の私はどこまでも母の操り人形。
    母のことが心底怖かった。
    手放したくて書いているのに、このシリーズを書くのはやっぱり苦しい。
                    2026.5.15.金









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