
私たちが「現実」と思っているものは、「虚構」という「物語」まみれでしか体験されていない、ということに無自覚でいられる人たちが、逆に物語の現実への悪影響を心配しているのでは?【第3版】
実は上の投稿、「魔女の宅急便」論として独立した存在価値が高いと思えたので、敢えて「未完」のままでいいかと思っておりましたが、そろそろ前の論考でかっきりとまでは述べなかった後半まで書いてしまいましょう。
私たちは、身近な対人関係の中で生じていることを除いては、社会の諸事象を、マスコミやSNSに情報という形でしか体験できなくなっています。
そして、
今の日本人は、電車の中でもスマホと黙ってにらめっこ、
それどころか、
家族と一緒にいてもそれぞれがスマホとにらめっこ、
という、
異常なまでのスマホ依存者ばかりの社会
に突入しています。
これって、
もはや、
ナマの、
情報未加工な形での、
他者との接触交流機会が著しく減っている
ということになりますね。
仮に職場に通っていたとしたって、
ルーティン・ワークをしている最中は、
いわば
役割の決まったロボット同士の関係
に過ぎないわけで、
イレギュラーな反応
を誰かがしない限り、
生身のニンゲン様どうしの判断過程は発動しないわけですね。
そして、
そういうリアルワールドでいかにふるまうか自体を
最近はSNSやAIやネット情報にお伺いを立てないと判断しない人たちまで増えている。
これってひどく怖い事態です。
すべてが二次情報なんですよ。
誰かが選択し、解釈し、加工した二次情報
ばかりが流れている世界に
平然と情報源を依存している。
現実との接点が何も保証されていない。
「現実それ自体」と、
現実「についての物語」、
すなわち
「現実についてのフィクション(虚構)」
の世界は
歴然と別
なはずです。
ところが、
「大勢の人が信じている
現実についての<物語>なら、
それに乗っかって置く方が、
とりあえず<世間を渡っていく>上で無難」
と、
あっさり信じちゃってる人たちが結構いるわけでね。
私に言わせれば、
こうした人たちの方が、
現実と虚構を混同しやすい、
危ない領域にある人たち
なんですよ。
ネット上の情報操作
にもあっさりと左右される。
実は、
こうした人たちが、
フィクションの
現実への「悪影響」を心配して、
表現規制を必要と言い出す層と重なっている
と私は考えています。
つまり、
自分たち自身が、
現実についてのネット上の言説に振り回されやすいタイプの、
洗脳されやすい、
現実吟味能力が低く、
クリティカルな検証が苦手な、
(あえて言いますが)
「実は自分自身が、
妄信できる<権威>が
欲しくて仕方がない」
(救世主待望が強い)人たち
なんです。
だ・か・ら
自分のことは棚に上げて、
偏見と悪影響を
(「賢い」自分たちと違って)
「愚かな」人たちには生じさせかねない作品は、
アニメ化されるべきではない
などどいう
「投影的同一視」的な
ことを言い出しているわけ。
【第3版で追加】:
だから、実はそういう人たち自身が、現実それ自体を直視し、自分の目と耳で判断するのではなく、誰か(救世主や権威)が語ってくれる「物語」に、ただ従っていればいい状態を夢見ているということである。
ある意味、理想の父や、母を、未だに自分に求めている。
こうして、相手のために、庇護的だが干渉的な、パターナリズム(慈父主義)的な人ほど、いつまでも子供でいたい、大人になれない人、という大逆説があることになる。
実は、アニメのクリエイターの方が、
「自分たちが作っているのは、あくまでも虚構」
だとか、
「私たちの現実についての体験は、
絶えず捏造された<虚構>(物語)という
ファンタジーに汚染されている」
という危機意識が、得てして高い。
なぜなら、
実写は、
撮れば現実の何かが写しとられます。
しかし、
アニメは、
一から十まで「作画」されたものを、
リアルを感じさせるように描き出したものしか、画面には存在しない。
つまり、
端から、
観客をうまく「騙す」かがすべて、
という強い自覚を持っているからです。
例えば、冨野悠宇季さんの「ZZガンダム」のテーマソングが伝えようとしているメッセージは、多分に逆説的だと思う。
ここで「古い地球人」と呼ばれているのは、
スペースコロニーの外側が戦闘だらけの真空の宇宙空間であることを普段は忘れ、
マスコミや「当局」の流す「平和」のみを示唆する情報に平然と惰眠をむさぼる住民ども
なわけだが、
広い意味で、
現代の、テレビやネットの情報に平然と身を任せている人たち全般
への揶揄
であろう。
これが、
「マクロス」シリーズに至り、
現代東京を思わせる巨大戦艦の外部が真空の宇宙空間の戦場
ということを、
より公然と描き出し、
電脳空間の<虚構>を生きるしかない
自分たちの生を自己肯定し、
<現実>との接点を再獲得する
という方向性を生む。
これは、
共通スタッフが作った「裏マクロス」ともいえる「メガゾーン23」シリーズで、
より先鋭化される。
実は、こうした、「現実の虚構性」に、より作家性をもった問題意識で取り組んできたのが押井守氏である。
それは「劇場版うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」にすでに見られたが、
恐らくソ連の社会主義的な管理主義情報統制体制の暗喩である、タルコフスキーの「惑星ソラリス」
の影響を多分に受けた「天使のたまご」で更に表面化し、
劇場版「パトレイバー」2作と、
「攻殻機動隊」2作で更に発展していく、押井氏の
電脳空間とリアルな人間の<生>との関わり
というテーマに深化していくことになる。
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