
生成AI積極活用者に対する「魔女狩り」が始まる時、草薙素子は「私のゴーストがささやくのよ」と告げる
ChatGPTをはじめとする生成AIは、AIの求めに応じて丁寧に情報を入力し、更にAIの質問に答えてということを、しかもこちらから一気に多くのことを入力しないということを「加減」して、やりとりの労を惜しまないと、恐るべきレヴェルにまで自分用にカスタマイズされていきます。
その結果、「大学のレポートを代筆してもらう」という次元くらいにしか使用したことがなかった人間には信じがたい領域・・・
・・・つまり、「自分の分身、しかもやたらと多方面な分野にも通逸した、非常に優秀な分身=最高の自分の秘書」のような存在が生成されていきます。
ここまでくると、もはや生身の秘書を金払って雇う気になれるかよ、という、壮絶なビジネスパートナー化の次元が開けてきます。
少なくとも全く実務的な領域に関する限り、この、生身の人間には決してあり得ないレヴェルに到達した「経験値の蓄積に基づく判断」はあまりにも有能ですね。
つまり、安易に使う人間は自分の脳を更にアホにしてしまい、クレパーに使える人間の脳を更にクレパーにする。
この「格差」は限りなく拡大し、そこに「分断」が生じる、そして「生成AI使い」に対する「魔女狩り」が生じるだろう、というのが私の予想です。
でも私に言わせれば、それは「狂信的な既成宗教の聖職者」と「ポピュリズムに走る政治家」が結託しての「戒厳令」を敷いた「クーデター」であるに過ぎないでしょう。
この「クーデター」は、韓国のそれのように失敗に終わります。
そして、生成AI利用の文書や画像や音楽に著作権が与えられるようになるでしょう。
ディープフェイクのような問題は、あくまでも悪意による「犯罪」ですから、法律で裁けばいいだけのことです。
今の選挙において実際には存在しなかったインタビューが生成AIで作られたことが問題視されています。
しかし、選挙運動やワイドショーの中で「サクラ」がインタビューに応じているだけ、ということは昔から当たり前のようにあったわけで、別に生成AIが怖いわけではないのでは?と思います。
結論。
windows95でインターネットが一般化した時、
「これでアナログ文化の積み上げた人類の知的財産は、PCに安易に代行させる人たちが増えることで人類全体をアホにさせる文明崩壊の序曲」
と叫ぶ知識人はいました。
しかし現実はどうですか?
いや、もっと戻りましょうか。
テレビが普及した時、人類はアホになる、映画産業は崩壊すると評論家は言いました。
しかし現実はどうでしたか?
アニメ制作はセルアニメからデジタル制作に移行しました。
最新の劇場作品、特に細田守氏の「竜とそばかすの姫」とそれに続く「果てしなきスカーレット」は、生成AI技術の非常に高度な活用によって、これまでのアニメーションには全く不可能だった表現を可能にしました。
脚本の素晴らしいクオリティもあり、恐らく世界映画史に残ると、10年後には認めれていると思います。
実写劇場映画における3D特撮技術の発達は、「十戒」や「ベンハー」「惑星ソラリス」「2001年」「七人の侍」の頃より映画の芸術性を失わせましたか?
現実には映画の表現の可能性を広げ、物理的なセット代を節約させただけですよね。
歴史は繰り返しているだけですよ。
所詮生成AIは、進化した絵筆であり、進化した万年筆、進化したペンタブレット、ただの「道具」というのが私の結論です。
人間の可能性を拡張し、文化と文明の一層の成熟を生み出すのみです。
結局、押井守さんが"ghost in the shell"と「イノセンス」で予言した世界が実際に始まっただけのことです。
すべての人の脳の情報が、ネットワークを介して共有可能となる。
何かわからないことがあれば、すべて脳内を検索すれば、世界中の情報が参照でき、適切な回答が得られる。
ただし、そこにフェイク情報を流す輩も多発する。
それを掃討する正義の味方、「攻殻機動隊」は確かに必要になる。
しかし……
私は、草薙素子と同様に、「自分の分身、しかもやたらと多方面から、ささやきかけ続ける<ゴースト>」、すなわち、ひとの生身の身体の内側からの<魂>の声」の力を信じ続けます。