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「みいちゃんと山田さん」を差別という人は、「自分の中の」差別感情を許せず、それと葛藤しているだけなのでは?


    「#みいちゃんと山田さん」問題というのは 実は非常に シンプルな問題だと私は思っている。
    この作品を #障害者差別 だと感じた人は、#自分自身の中に、障害者への差別の心があるということなのだろうとも思う。
    障害当事者の人を含めて、自分の中にある障害者への差別の心と #戦い葛藤している…

    — 阿世賀浩一郎@9/1「聖誕祭」、驚きの某所で開催@「みいちゃんと山田さん」アニメ化強力推進派大幹部 (@kasega1960) September 1, 2026

    「#みいちゃんと山田さん」問題というのは 実は非常に シンプルな問題だと私は思っている。

    この作品を #障害者差別 だと感じた人は、
    #自分自身の中に、障害者への差別の心があるということなのだろうとも思う。

    障害当事者の人を含めて、自分の中にある障害者への差別の心と #戦い葛藤している というわけだ。

    これに対して、みいちゃんたちを、確かに世間で言う 障害者や夜職にも該当するのかな?と「思わなくはない」けれども、ベースラインのところで、自分と同じような人間だと自然と思っていられる人は、
    人間ドラマとしてシンプルに何のとらわれもなく、#自分のことと重ね合わせ、
    #自分の中のみいちゃん を受容し、
    作品自体を受け止める、
    ただそれだけのことではないかと思うんだけどね。
    私がこの作品を #リトマス試験紙 と呼ぶことにしたのは、まさにそういうことだ。

    炎上を覚悟で言えば、例えば、LGBTの人に対して全く当たり前のように受け止めることができる人は、LGBTへの差別反対運動に、自ら #積極的にコミット するだろうか?とすら思う。

    だって、自分にとって LGBT の人と普通に接するのは #当たり前の ことだから。

    #意識高い系 の人というのは、
    実は自分の中にある #エリート意識 に内在している
    #差別の感情 と #葛藤している から、
    それを「ねじ伏せる」ために、
    「救済者」の側に回るという場合も
    少なくないんじゃないか?

    たとえ自分自身が 東大大学院出であろうと、
    中卒の肉体労働者に対して、
    心底対等な人間だとリスペクトしていたら、
    本当に
    #ただそれだけのこと であり、
    そうした人たちと 普通に接して、
    そうした人たちが困っていたら、
    #普通の人たちにそうするのと全く同じような感覚で 、
    必要な援助を必要なだけする
    というだけのことだ。

    いつも繰り返して書くように、私は結果的に、周り回って、東大大学院研究先所属が可能になったことを、 #自分の努力の結果だとは 「全く」思っていない。

    天が私に、
    なぜかわからんけれども、
    それを賦与したとしか思っていない。

    ある意味では悪い冗談だと心底思っている。
    「ラッキー💕」とは思うけれども。

    だから、
    神様が私からそれを取り上げたくなれば
    取り上げると思うし。

    こっちはただ、
    #神様が気まぐれに泥を捏ねて作ってみた人形
    であるに過ぎないという感覚である。

    だから、
    学歴がない人や、
    知的に限界を抱えた人が、
    私の預かり知らない苦労をしながら
    #人生をともかくもサバイバルしてきた
    ということは、
    きっと私などができない、
    「すごい」ことなのかもしれない

    という感覚しか持っていない。

    それは実際、
    警備員や選果場でをはじめとする、
    単純肉体労働系のバイトもしてみて、
    痛感したことではある。

    本当に、
    #ただそれだけのこと 。


    神様がやれ、
    というならば、
    「仕方ないから」
    やる
    というだけのこと。

    それ以上「構えた」態度で
    人生に臨むつもりは、
    もう、ない。


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