
透明感って何?言葉にできない美しさがこの世にはあるー白瑠璃甁ー2026年正倉院展
透明感とはなんたるや。
それを一つの水差しに教わった。
白瑠璃瓶(はくるりのへい)。
正倉院に伝わるガラス器で、
次の展示は20年後。
また会えるのかさえわからない。
そんな生涯一度の美だ。
今回は内覧会だったので混雑もなく、
時間がゆったりと流れていた。
まず思ったのは、
事前に見た写真とは全く異なる圧倒的な耀きと色彩だった。
眺めているうちに吸い込まれ、
乳白色とほのかな若草色の耀きに、
言葉が出てこない。
強いて言葉にするなら透明感か。
しかし透明感という言葉の定義とは、
いったい何なのだろう。
今までその言葉を何度も使ってきたが、
いざ透明感を説明しようとすると、
どこか言葉が途切れてしまう。
澄んでいること。清らかであること。
どれも間違いではないが、
白瑠璃瓶を語るには余りにも足りない。
千年以上も前に作られたこのガラス器に、
私は透明感という言葉の実体を
初めてみたような気がした。
くしくも同じ日の夜、作家の村上龍さんが亡くなったと訃報が流れた。
代表作は
『限りなき透明に近いブルー』
これほどに美しい言葉をこの世に残した
村上龍さんはどんな色を見たのだろう。
限りなき透明に近いブルーとは
どんな色なんだろう。
正倉院の宝物と現代の文学。
異なるようでありながら、もしかすると
全ては人間の性が作り出すものなのかもしれない。
美しいものを具現化し、
この世に残さないではいられない。
そんな私達の本能を愛おしく感じ、
暮れていく奈良の山並みを眺めていた。
磯貝波路