
雷神、主を諫む|第15章 津久見(最終章)
断章
花は、植えた者を選ばぬ。
城主が植えても、百姓が植えても、水をやれば咲く。
雪も、同じよ。
道に落ちた雪は、溶けて、消える。じゃが、消えたのではない。土にしみて、根に届いて、春に誰かの植えた種を、咲かせる。
わしは、もうおらぬ。
それでよい。
わしの蒔いた種が、どこかで芽を出しておるなら、それでよい。
お屋形様。
夜は、早う休まれよ。
一
天正十五年、弥生。
津久見は、臼杵から少し南の、小さな港町である。
臼杵から、山を一つ越えて南へ下ると、急に視界が開ける。
入り江の奥に、小さな港がある。山が海のすぐ際までなだれ落ち、平らな土地は、港のまわりのわずかな浜だけだった。家々は、山の斜面にしがみつくように建ち並び、その間を細い坂道が縫っていた。
丹生島の城のような石垣も、府内のような賑わいもない。漁師の舟が浜に引き上げられ、網が干され、子どもたちが波打ち際を走り回っている。
九州の北半分を治めた男が、最後に選んだのは、そういう町だった。
海に向かって開けた土地に、小さな屋敷があった。宗麟は、島津の囲みが解けたあと、丹生島の城を出て、ここに移り住んでいた。
屋敷の庭の隅で、六助が、土を耕していた。
丹生島の城で書状を届けたあと、六助は、立花山へ戻ろうとした。それを、宗麟が引き止めた。
道雪の肩を、しばらくわしに貸せ。
そう言われて、六助は、断ることができなかった。
縁側に、宗麟が座っていた。膝の上に、油紙の包みを載せている。
「六助。種は、何か所に蒔けばよい」
「五か所ほどで、いいと思います」
「五か所か」
宗麟は、書状を広げて、最後のほうの行を、指でなぞった。
「去年は植え過ぎたゆえ、ほどほどになされよ、と書いてある。わしは、去年も何も、花など植えたことがないがのう」
六助は、思わず笑った。
「殿は、ご自分の花壇のことを、書きなさったんです。殿は、毎年、植え過ぎちょりましたけ」
※〜ちょりました=〜ていました。〜け=〜から
「そうか。道雪らしい」
宗麟も、笑った。
それから、縁側を降りて、六助の隣に、しゃがみこんだ。
「わしにも、蒔かせよ」
「お屋形様、お召し物が汚れます」
「かまわぬ」
宗麟は、黒い種を一粒ずつ、土に置いていった。
一か所、二か所、三か所。
指で、そっと土をかぶせた。
五か所に蒔き終えると、宗麟は、土のついた手を、じっと見ていた。
「道雪は、こうして、毎年、種を蒔いておったのか」
「へえ」
「戦のさなかにも」
「戦のさなかにも、です」
宗麟は、しばらく黙っていた。
「……来年も、あの城が大友のものであると、信じておったのじゃな」
六助は、何も言わなかった。
言わなくても、宗麟には、分かっているようだった。
二
卯月、関白秀吉の大軍は、豊前から筑前、肥後へと九州を南へ攻め下っていった。
庭の隅で、小さな緑の芽が、土を割って出はじめていた。
五か所。

三
皐月に入って、宗麟は、床に就いた。
初夏の津久見は、どこもかしこも、青かった。窓の外の山は若葉に覆われ、その向こうの入り江は、空の色を映して、まぶしく光っていた。寝間の障子を細く開けておくと、潮騒と子どもたちが浜で遊ぶ声が、とぎれとぎれに聞こえてくる。宗麟は、床の上から、その音にじっと耳を澄ましていることが多くなった。
熱が、下がらなかった。食べ物が、喉を通らなかった。
バテレンたちが、枕元で祈りを捧げた。宗麟は、十字架を握りしめながら、静かにその祈りを聞いていた。
やがて、島津が関白に降ったという知らせが、津久見にも届いた。
大友の家は、残るらしい。豊後一国は安堵されるだろう、と噂する者もいた。かつて六か国を治めた家にとっては、小さな国だった。それでも、残る。
筑前からも、知らせが届いた。
統虎が、関白に、大いに褒められたという。島津の大軍を相手に城を守り通し、退く島津を追って城を取り返した。九州でいちばんの武者だと、関白が言ったという。
宗麟は、その知らせを、床の上で聞いた。
「……道雪の、言うたとおりじゃ」
宗麟は、懐の油紙の包みに、手を当てた。
「わしが死んでも、統虎が守り申す。道雪め、見栄を張りおって。ほんに、当たりおった」
宗麟は、小さく笑った。
笑いながら、目尻を、指で拭った。
床に就いてから、宗麟は、よく六助を枕元に呼んだ。
「六助。道雪の話をせよ」
「どんな話を」
「何でもよい。わしの知らぬ道雪の話じゃ」
六助は、少し考えてから、話しはじめた。
殿は、猫を飼うておられました。茶と白のぶちで、若い者が勝手に「雷」と名をつけました。殿は、一度もその名で呼びなさらんかったけど、膝に乗せて、よう撫でちょられました。
※〜ちょられました=〜ておられました
宗麟は、目を細めた。
「あの道雪が、猫をか」
「へえ。それから、花壇の世話も。毎年、春になると、種を蒔きなさって。植え過ぎたと言うては、間引くのに難儀しちょられました」
「ふふ」
「怒ると、そりゃあ怖い声でした。けど、酒をこぼした若い者を、客の前でかばいなさったこともあります。侍女に手を出した若い者を、若いのじゃ、当たり前じゃっち言うて、許しなさったことも」
宗麟は、黙って聞いていた。
「その若い者は、弥平という男でした。筑後の川で、殿をかばって、鉄砲に撃たれて死にました。殿は、弥平の頭を、猫を撫でるみたいに撫でちょられました」
六助の声が、少し震えた。
宗麟は、天井を見ていた。
長いあいだ、何も言わなかった。
「……わしは」
やがて、宗麟が言った。
「わしは、あやつのことを、何も知らなんだのじゃな」
六助は、何と答えてよいか、分からなかった。
「三十五年、わしの家臣であった。わしを叱り、わしを諫め、わしのために戦うた。じゃが、わしが知っておったのは、わしを叱る道雪だけじゃった」
宗麟は、目を閉じた。
「猫を撫でる道雪を、見てみたかったのう」
「お屋形様」
「六助。もっと話せ。道雪の話を。わしが眠るまで」
六助は、話し続けた。
輿を担いだ日のこと。えい、とうの掛け声のこと。臼杵からの帰り道、殿が輿の中で、ひとりごとのように、お屋形様のことを話していたこと。
宗麟は、いつのまにか、眠っていた。
穏やかな寝息だった。
六助は、そっと灯りを吹き消した。
ある朝、宗麟は、六助を呼んだ。
「六助。庭の芽は、どうなっておる」
「伸びちょります。葉っぱが、四枚、五枚になって」
「見たいのう」
六助は、言葉に詰まった。
宗麟は、もう、自分では起き上がれなかった。
「……担ぎます」
六助は、言った。
「わしが、お屋形様を、担いでいきます」
小姓たちが止めようとした。宗麟が、それを手で制した。
六助は、宗麟の体を、そっと背負った。
軽かった。
道雪の書状を受け取ったときと、同じだった。こんなに軽いものを、こんなに重く感じたことは、なかった。
縁側から、庭へ降りた。
一歩、また一歩。
六助は、口の中で小さく、つぶやいていた。
「えい、とう。えい、とう」
背中で、宗麟が、かすかに笑った。
「……それが、道雪の掛け声か」
「へえ」
「よい声じゃ」
庭の隅に着いた。
六助は膝をついて、宗麟をそっと土の上に座らせた。自分の体で、背を支えた。
宗麟は、五か所の芽を、見下ろした。
小さな、緑の葉が、朝の光の中で、揺れていた。
宗麟は、長いあいだ、それを見ていた。
「……道雪に、見せてやりたかったのう」
小さな声だった。
「わしが植えた花じゃ、と。あやつ、どんな顔をしたであろう」
六助は、少し考えた。
「殿は、きっと、ぶっきらぼうに言いなさったと思います」
「何と」
「植え方が、浅い、と」
宗麟は、声を上げて笑った。
笑って、咳き込んだ。
六助が、慌てて背をさすった。
咳がおさまると、宗麟は、六助の肩に、頭をもたせかけた。
棒の痕が、頬に当たった。
「六助」
「へえ」
「今夜は、早う休む」
宗麟は、目を閉じた。
「道雪に、言われたからのう。母でもないのに、うるさい男じゃ」
四
皐月二十三日。
夜明け前、津久見の屋敷で、大友宗麟は、静かに息を引き取った。
五十八歳。
前の夜、宗麟は、いつもより早く床に就き、灯りを消させた。
その夜は、月が明るかった。灯りを消した寝間に、障子越しの月の光が、青白く満ちていた。入り江の波が、浜に寄せては返す音が、寝息に合わせるように、ゆっくりと規則正しく聞こえていた。
枕元には、油紙の包みが置いてあった。
顔は、穏やかだった。よく眠った人の顔だった。
葬儀は、バテレンたちの手で、南蛮の作法で行われた。
六助は願い出て、道雪の書状を、宗麟の胸の上で組まれた手の下に差し入れた。十字架の隣だった。
種の包みだけは、自分の懐に戻した。種は、まだ、蒔ける。
棺の蓋が閉じられるとき、六助は、口の中で小さく言った。
「お屋形様。殿に、よろしゅう」
*
その年の夏、六助は立花山に戻った。統虎は筑後の柳川に領地を与えられ、誾千代とともに、城を出ていく支度をしていた。
花壇の前で、十九になった誾千代が言った。
「父上の城は、一度も、敵に渡さなかった。父上に、褒めていただけるでしょうか」
六助は、答えられなかった。
*
その夕方、六助は、城下の長屋の前に立っていた。
八か月ぶりだった。
戸を開ける前に、中から、娘の笑い声が聞こえた。六助は、戸に手をかけたまま、しばらく動けなかった。
戸を開けると、はるが、振り返った。
一瞬、娘は、誰が入ってきたのか分からない顔をした。それから、目が大きく見開かれ、手にしていた笊が、土間に落ちた。
「父ちゃん」
はるは、裸足のまま、土間に飛び降りてきた。
奥から、おそのが出てきた。夫の顔を見ると、口元を両手で押さえて、その場に立ち尽くした。
「……帰ってきたけ」
六助は、それだけ言った。
はるが、六助の胸にしがみついた。懐の守り袋が、娘の頬に当たった。
その夜、六助は、懐から小さな紙包みを取り出した。
津久見でお屋形様の棺に書状を納めたとき、手もとに残した、花の種の残りだった。
「はる。これを、蒔いてくれんか」
「何の種?」
「殿の庭の花じゃ。殿から、お屋形様に渡って、お屋形様が蒔きなさった、その残りじゃ」
はるは、紙包みを、両手で受け取った。
紙包みの表に、墨で短く、何か書いてあった。殿の字だった。
「……はな」
はるが、読んだ。
六助は、娘の顔を見た。それから、包みの字を見た。一年と三月、懐で温めてきた殿の字を、自分は一度も読めなかった。
「そうか。はな、と書いてあったか」
六助の声が、少しかすれた。
「どこに蒔いたらいいん?」
六助は、少し考えた。
「新しい国でも、どこでも、いい。わしらがこれから住むところに。ただし」
六助は、少し笑った。
「植え過ぎたら、いかんぞ。ほどほどにな」
はるは、わけが分からずに、首をかしげた。
おそのが、横で、くすりと笑った。
立花山を発つ前の夜、六助は、一人で道雪の墓の前に座っていた。
山の麓の、小さな寺の墓だった。墓のそばには、いつか自分もここに眠りたい、と増時が乞うて、許された場所がある。
六助は、墓に向かって、頭を下げた。
「殿」
夜風が、木々を鳴らしていた。
「届けましたけ。お屋形様に、ちゃんと」
※〜け=〜から
「お屋形様は、笑いなさった。泣きなさった。母か、お主は、っち言いなさった」
六助は、少し笑った。
「花も、植えなさった。五か所。殿の言いつけどおり、ほどほどに。芽も、出ました。お屋形様、見なさった。わしが、担いで、見せました」
風が、やんだ。
「最後の夜は、早う、休みなさった」
六助は、もう一度、頭を下げた。
額を、土につけた。
それから、顔を上げて、言った。
「殿も」
六助の声が、震えた。
「夜は、早う、休みなされ」
山の上に、夏の星が、たくさん出ていた。
遠くで誰かが小さな声で、えい、とう、と言った気がした。
気のせいかもしれなかった。
(了)
史実メモ
一五八七年(天正十五年)、豊臣秀吉の大軍が九州に入り、五月、島津氏は降伏しました。大友家が豊後一国を安堵されたのは、宗麟が亡くなったあとの同年六月のことです。
宗麟は同年五月二十三日、豊後の津久見で病のため亡くなりました。五十八歳でした(病名はチフスとする説があります)。葬儀はキリスト教の作法で行われました。
統虎(のちの立花宗茂)は、島津の大軍から立花山城を守り、追撃で城を取り返した功績を秀吉に高く評価され、筑後の柳川に領地を与えられて大名になりました。立花山城は、別の大名に引き渡されました。
重臣の薦野増時は、道雪の墓の隣に自分の墓所を置くことを願って許され、のちに道雪と同じ寺に葬られました。
宗麟が津久見で花の種を蒔く場面、六助が宗麟を背負う場面、宗麟の棺に書状を入れる場面、六助が道雪の墓で語る場面は、すべて創作です。
あとがき
道雪と宗麟は、幸せだったのだろうか。
この物語を書いているあいだ、ずっと、そのことを考えていました。
三十五年。道雪は、宗麟に仕えました。耳の痛いことも、ためらわずに言える人でした。けれど、その何倍もの年月を、黙って宗麟を支えることに費やした人です。宗麟もまた、意見がぶつかっても、道雪を遠ざけませんでした。不思議な主従です。
史料に残る二人は、すれ違ってばかりいます。宗麟は遠い国の夢を追いかけ、道雪は足もとの米と兵を数えた。同じ家を守ろうとしながら、見ている先が違った。もし二人が、互いの胸の内をそのまま言葉にできていたら、大友家の行く末は、少し変わっていたのかもしれません。
けれど、書き進めるうちに、私は少し違うことを思うようになりました。
思うようにならない主君を、それでも支え続けられた家臣は、幸せだったのではないか。耳の痛いことを言ってくれる人を、生涯そばに置き続けた主君もまた、幸せだったのではないか。
諫めるということは、相手を見放していないということです。諫められるということは、まだ見放されていないということです。二人のあいだにあったのは、すれ違いではなく、すれ違いながらも離れなかった、長い長い信頼だったのかもしれません。
道雪は、宗麟より先に逝きました。宗麟は、それから二年足らずで、あとを追うように世を去ります。最後の日々に宗麟が何を思っていたのかは、誰にもわかりません。ただ、もし一度だけでも、あの頑固な老臣の声を思い出して、少し早く床に就いた夜があったのなら――。そう願いながら、最後の章を書きました。
二人は、幸せだったのか。答えは、まだ出ていません。けれど、幸せであってほしいと、今は思っています。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
――――――
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