
雷神、主を諫む|第14章 国崩しの城
断章
わしは、傾く主家を背負うているつもりであった。
筑前の山の上で、ひとりで、大友の重さを肩にのせているつもりであった。
だが、違うた。
わしを背負うていたのは、名もない者らの肩であった。
輿を担いだ若い者たち。米を運んだ百姓たち。わしの代わりに矢を受けた者たち。
その肩が、最後に、わしの言葉を運んでいく。
わしの足では、もう、行けぬところへ。
えい、とう。
一
天正十四年、霜月。
六助は、豊前の浜にいた。
立花山を出て、ひと月が経っていた。
豊前の海は、筑前の海とは違っていた。
周防灘に面した浜は、遠浅で、潮が引くと、どこまでも続く干潟が現れる。干潟の向こうに、うっすらと、周防の山並みが見えた。浜の背後には、平らな田畑が広がり、そのさらに奥に、ごつごつとした岩山がそびえていた。
冬の浜は、風が強かった。漁師たちは、干潟で貝を掘り、小さな舟で沖へ出ていった。戦の噂がいくら飛び交っても、潮は毎日、満ちては引いた。
豊前は、関白秀吉の先手として海を渡ってきた黒田と毛利の軍が、城を一つずつ落としているところだった。ここなら、島津の手は届かない。六助は、浜の漁師の小屋に寝泊まりさせてもらいながら、豊後の様子を探っていた。
知らせは、日ごとに悪くなった。
島津の大軍が、日向から豊後へ攻め入った。豊後の国衆が、次々と島津に降った。府内の若殿は、城を守りきれずにいる。
師走の半ば、浜に、豊後から逃げてきた者たちの舟が着いた。
戸次川で、関白殿の四国の軍と若殿の軍が、島津に大敗した。府内は焼け落ちた。若殿は、城を捨てて逃げた。
そして、島津の兵が、臼杵の丹生島の城を囲んでいる。
お屋形様は、そこに籠もっておられる。
六助は、懐の油紙の包みを、上から、強く押さえた。
家臣は離れ、城は囲まれ、もう何も残っておらぬと思われる日。
殿の言った日が、来た。
二
その夜、六助は、小屋の主の漁師に、頭を下げた。
「舟を、出してくれんか。臼杵まで」
漁師は、目をむいた。
「何を言いよるんか。臼杵は、島津が囲んじょるっち話じゃき。近づいたら、撃たれるぞ」
※〜じゃき=〜だから(豊前のことば)
「海側から入る。丹生島の城は、大手の門が、海のほうにある。舟でしか、入れん門じゃ」
「そげなこと、よう知っちょるな」
「殿の、お供で、何度か行ったけ」
六助は、懐から、わずかな銭を出した。立花山を出るとき、誾千代様が、握り飯と一緒に持たせてくださった銭だった。
漁師は、銭を見なかった。六助の顔を見ていた。
「……お前、何を持っちょるんか」
「言えん」
「命より、大事なもんか」
「わしの命より、ずっと大事なもんじゃ」
漁師は、長いあいだ、黙っていた。
それから、立ち上がって、艪を担いだ。
「明日の夜明け前に出る。国東の沖を回って、臼杵の湾に入るんは、二晩かかるけ。覚悟しちょけ」
六助は、深く頭を下げた。
三
二晩、冬の海は荒れた。
小さな舟は、波に持ち上げられ、叩きつけられた。六助は、何度も吐いた。それでも、懐の包みだけは、両手で抱えて離さなかった。
一晩目、舟は、国東の沖を回った。
国東は、丸く海に突き出した半島である。中央に高い山があり、そこから四方の海へ向かって、いくつもの谷が刻まれている。岸は険しく、岩が海に落ち込んでいた。夜の闇の中で、崖に砕ける波の音だけが、ずっと聞こえていた。
二日目の昼、舟は、広い湾に入った。
別府の湾だった。湾の奥の山の麓から、白い湯気が、いくすじも立ちのぼっていた。土の中から湯が湧き出している、と漁師が言った。冬の冷たい空気の中で、湯気は、まるで山が息をしているように見えた。
だが、湾の南の岸、府内のあたりからは、黒い煙が上がっていた。
焼け落ちた町の煙だった。
六助は、舟べりにしがみついたまま、その煙を見ていた。殿の輿に揺られて、何度も通り過ぎた町だった。
漁師は、黙って艪をこぎ続けた。
舟は、湾の南の端の、細長い岬を回った。佐賀関の岬だった。岬の先は、潮の流れが速く、舟は木の葉のように揺れた。
岬を越えると、海の色が変わった。
入り組んだ岸辺に、小さな湾がいくつも並んでいる。山が海のすぐそばまで迫り、平らな土地は、ほとんどない。その一つの湾の奥に、臼杵があった。
三日目の夜明け、臼杵の湾に入った。
遠くで、雷のような音が、腹に響いた。
国崩しだった。
丹生島の城から、大砲が、島津の陣に向けて、火を吹いていた。湾の岸辺に、島津の旗が、びっしりと並んでいる。城下の町は、半分が焼けて、黒い煙が上がっていた。
漁師は、岸の島津の陣を避けて、湾の沖を大回りした。
城の東の、海に面した崖の下に、小さな舟着き場があった。城の舟が、何艘か、つながれていた。
「ここまでじゃ」
漁師が言った。
「あとは、お前の足で行け」
六助は、舟を降りた。
冷たい海の水が、膝まで来た。足の裏が、岩で切れた。痛みは、感じなかった。
「達者でな」
漁師が、言った。
振り返ると、漁師の舟は、もう、波の向こうへ戻りはじめていた。名前を、聞きそびれた。
六助は、海側の門へ向かって、崖の道を登りはじめた。
四
その二日前の夜。
丹生島の城の奥で、宗麟は、ひとり、眠れずにいた。
籠城して、まだ二日しか経っていなかった。それが、ひと月にも思えた。
府内は、焼け落ちた。息子の義統は、城を捨てて逃げた。戸次川では、関白殿が送ってくれた四国の軍が、島津に打ち破られた。豊後の国衆は、次々と島津に降っている。
残っているのは、この海の上の城だけだった。
宗麟は、灯りの下で、十字架を握りしめていた。祈ろうとした。言葉が、出てこなかった。
戸の外で、足音がした。
小姓が、そっと顔をのぞかせた。
「お屋形様。まだ、お休みにならぬので」
「眠れぬ」
宗麟は、ぽつりと言った。
小姓は、ためらいながら、膝を進めた。声を、ひそめた。
「お屋形様。申し上げにくいことが」
「申せ」
「城の中に、島津と文を交わしている者がいる、という噂がございます。夜ごとに、浜のほうへ、灯りで合図を送っている者を見た、と」
宗麟の手が、止まった。
「……誰じゃ」
小姓は、ある重臣の名を、口の中で言った。
宗麟は、長いあいだ、黙っていた。
若いころから、そばに仕えてきた男だった。耳川のあとも、離れずにいてくれた、数少ない家臣の一人だった。
「確かめますか」
「……よい」
宗麟は、首を振った。
「確かめて、まことであったら、わしはどうする。この城に、もう、斬れるほどの人は残っておらぬ」
小姓は、言葉を失った。
宗麟は、窓を開けた。
冷たい海風が、灯りを揺らした。湾の向こうの岸に、島津の篝火が、ずらりと並んでいる。数えきれないほどだった。
「道雪がおればのう」
宗麟は、誰にともなく言った。
「あやつがおれば、こんなとき、何と言うたであろう。叱ったであろうな。お屋形様が人を信じすぎるから、こうなるのでござる、と」
宗麟は、少し笑った。
笑い声は、すぐに、海風にかき消された。
「叱られたいのう」
小さな声だった。
「あやつに、もう一度、叱られたい」
小姓は、うつむいたまま、何も言えなかった。
その夜も、宗麟の部屋の灯りは、明け方まで消えなかった。
*
大砲が鳴った。
丹生島の城が、腹の底から揺れた。
石垣の上では、砲手たちが、汗まみれで走り回っていた。
一人が、撃ち終えた子砲を、砲身の尻から引き抜く。まだ煙の上がる筒を地面に転がし、別の一人が、火薬を詰め直した新しい筒を、すかさず差し込む。楔を打ち込んで固め、火縄を近づける。
耳をつんざく音が、また、湾に響いた。
対岸の島津の陣で、土煙が上がった。
砲手たちは、休む間もなく、次の筒を運んでいた。顔は煤で真っ黒で、目だけが光っていた。
門の内側に、人があふれていた。焼け出された町の者、近在の百姓、子を背負った女。十字を切る者もいれば、数珠を握る者もいる。
城の中ほどで、湯気が上がっていた。
大釜の前に、痩せた老人が立っている。
大友宗麟だった。
五十七。肩の肉が落ち、頬がこけている。それでも宗麟は、袖をたすきで絞り、炊きあがった飯を、自分の手で握っていた。
「熱いぞ。落とすなよ」
握り飯を受け取った子どもが、目を丸くした。
「お屋形様の、手じゃ」
「手は手じゃ。わしのも、お主のも、変わらぬ」
宗麟は笑った。笑うと、目尻に深い皺が寄った。
小姓が、困り果てた顔で言った。
「お屋形様、そのようなことは、下の者に」
「下の者も、腹が減っておる」
「キリシタンでない者にまで」
「腹は、宗旨を問わぬ」
宗麟は、次の飯を手に取った。
砲声が、また城を揺らした。
列の後ろに、やつれた男がいた。
裸足だった。足の裏が裂け、血が黒くこびりついている。潮で濡れた着物が、冬の風に、こわばっていた。
男の番が来た。
宗麟は、握り飯を差し出した。
男は、受け取らなかった。両手を地につき、額を土に押しつけた。
「……どうした。食え」
男は、震える手で、胸を探った。油紙の包みを、両手で差し上げた。
男が、顔を上げた。
潮と泥にまみれた、やつれた顔だった。
宗麟は、その顔を見た。
見覚えがあった。生松原の勝ちを報せに来た男。婿入りを報せに来た男。宗麟が、道雪の足のことを根掘り葉掘り尋ね、南蛮の菓子の瓶を手渡した男。そして、道雪の死を報せに来た男。
「……そなた」
宗麟の声が、かすれた。
「道雪の使いの、六助か」
「へえ。道雪様の輿を担いだ、六助にございます」
宗麟の目が、差し出された包みに落ちた。
「去年の秋も、お主が来たな」
「……へえ」
「道雪は何も言い残さなんだと、お主は申した」
六助は、額を土につけたまま言った。
「申しました。あれは、嘘でございました」
宗麟の手が、止まった。
「殿から、お預かりしたものにござります。この城が、いちばん苦しゅうなったときに、お渡しせよと」
六助の声が、かすれた。
「一年と三月、持っておりました」

五
宗麟は、飯粒のついた手を、袴で拭った。
包みを、受け取った。
中には、書状と、小さな紙包みが入っていた。紙包みは、振ると、かすかに鳴った。
書状を開いた。
見慣れた、ぶっきらぼうな字だった。ところどころ、筆が震えていた。
紙は、冷たく、少し湿っていた。油紙に守られてきたはずなのに、端のほうに、潮の染みが、薄く浮いている。
殿へ。
二階の崩れた夜、殿の側に立てたこと、生涯の誉れにござった。
立花の山は、殿から預かった城。わしが死んでも、統虎が守り申す。
聞かれぬ諫めを重ねたが、悔いはござらぬ。言い続けられたこと、わしの幸いでござった。
花の種を少し、添え申す。わしの庭のものにて、春に植えれば、よう咲き申す。去年は植え過ぎたゆえ、ほどほどになされよ。
夜は、早う休まれよ。
道雪
宗麟は、最後の一行を、二度、読んだ。
それから、三度目を、読んだ。
手が、震えはじめた。
あの春の夜。廊下の端で、道雪の背中を見送った。いつもの一言を、待っていた。道雪は、振り返らなかった。
それが、最後だと思っていた。
最後に交わした言葉は、お主は、いつも、わしを責める、だったと。
違った。
道雪は、言っていた。死ぬ前に、震える手で、書き足していた。
宗麟は、紙包みを開いた。
黒い、小さな種が、掌にこぼれた。
宗麟は、しばらく、それを見ていた。
「……立花山は」
ようやく、声が出た。
「守られております」
答えたのは、六助だった。地に伏したまま、言った。
「若殿が、統虎様が、島津を追い返しなさいました。岩屋も、宝満も、取り返しなさいました」
宗麟は、目を閉じた。
わしが死んでも、統虎が守り申す。
道雪の言ったとおりになっていた。
宗麟の唇が、動いた。
「母か、お主は」
誰に向けた言葉か、小姓には、分からなかった。
宗麟は、笑っていた。
笑いながら、頬が濡れていた。
声を上げて、笑った。声を上げて、泣いた。どちらなのか、もう、宗麟自身にも分からなかった。避難してきた百姓たちが、何事かと、こちらを見ていた。
砲声が鳴った。
その合間に、遠くで、何かが聞こえた気がした。
――えい、とう。
宗麟は、目を閉じた。気のせいだと、分かっていた。
それでも、耳を澄ました。
六
宗麟は、種を紙に戻し、書状とともに、懐へ収めた。
それから、まだ地に伏している六助の前に、膝をついた。
小姓が、息を呑んだ。
宗麟は、六助の肩に、手を置いた。
そこには、棒の痕が、硬く盛り上がっていた。二十年あまり、同じ場所に同じ重さを受け続けてきた肩だった。
「この肩が、あれを運んだのか」
六助は、答えられなかった。
地に額をつけたまま、肩を震わせていた。
宗麟は、握り飯を、六助の手に、押しつけた。
「食え」
宗麟の声も、震えていた。
「食うて、それから、休め。道雪が、そう言うておる」
六助は、握り飯を、両手で抱えた。
顔を上げた。
涙と潮で、顔がぐしゃぐしゃだった。
「……へえ」
六助は、握り飯に、かぶりついた。
塩の味がした。涙の味かもしれなかった。
宗麟は、立ち上がった。
また、大釜の前に戻った。
次の飯を、手に取った。
「次の者。熱いぞ。落とすなよ」
砲声が、鳴った。
宗麟の背中は、さっきより、少しだけ、まっすぐになっていた。
*
その夜も、砲声は、やまなかった。
島津の兵は、城の外を囲んだままだった。明日、城が落ちるかもしれない。誰にも、分からなかった。
宗麟は、いつもより早く、床に就いた。
小姓が、驚いて、灯りを持ったまま、立ち尽くした。この数年、お屋形様が、夜更け前に床に就くのを、見たことがなかったのだ。
「灯りを、消してよい」
宗麟が言った。
小姓は、灯りを吹き消した。
暗闇の中で、宗麟は、枕元に置いた油紙の包みに、そっと手を触れた。
「……休むぞ、道雪」
誰にも聞こえない声で、そう言った。
丹生島の城に、その夜、遅くまで灯りがともることは、なかった。
七
島津は、ついに、丹生島の城を落とせなかった。
三方を海に囲まれた城に、陸から攻め寄せる道は、潮の引いたときの細い浅瀬しかない。そこへ押し寄せるたびに、石垣の上から国崩しが火を吹き、兵たちは浅瀬ごと吹き飛ばされた。舟で寄せれば、舟が沈んだ。
湾の岸に並んでいた篝火は、日ごとに、少しずつ減っていった。島津の兵は、落とせぬ城に見切りをつけ、豊後のほかの城へ、矛先を移していったのだ。
年が明けた。
天正十五年の春、関白秀吉の大軍が、海を渡って九州に入ったという知らせが届いた。その数は、二十万とも言われた。
豊後にいた島津の兵は、潮が引くように、南へ退いていった。
ある朝、宗麟は、夜明け前に目を覚ました。
早く休むようになってから、目覚めも早くなっていた。
石垣の上へ出た。冷たい潮風が、頬を打った。六助が、黙って後ろについてきた。
東の空が、白みはじめていた。
宗麟は、湾の向こうの岸を見た。
何もなかった。
あれほどびっしりと並んでいた島津の旗も、篝火も、陣幕も、すべて消えていた。焼け跡の残る浜に、朝の波が、何事もなかったように、静かに寄せては返していた。
宗麟は、長いあいだ、それを見ていた。
「お屋形様」
六助が、そっと言った。
「勝ちなさったんですね」
宗麟は、首を、ゆっくりと横に振った。
「勝ったのではない」
宗麟は、石垣に手をついた。冷たい石だった。何十日も、国崩しの響きに耐え続けた石だった。
「持ちこたえただけじゃ。この城と、この城に逃げ込んできた者たちが、米を分け合い、水を分け合うて、どうにか、持ちこたえた。それだけのことじゃ」
宗麟は、少し笑った。
「道雪なら、そう言うであろう。城を守るのは、刀ではない。米と塩と水じゃ、と」
六助は、目を見開いた。
「……お屋形様も、その話を」
「知らぬ」
宗麟は言った。
「じゃが、あやつなら、きっとそう言う。三十五年も叱られておれば、それくらいは分かる」
朝日が、湾の向こうの山の端から、顔を出した。
光が、海の上を走って、石垣を照らし、宗麟の顔を照らした。痩せて、皺の深い、老いた顔だった。だが、その目は、穏やかだった。
宗麟は、懐に手を当てた。
油紙の包みが、そこにあった。
「……持ちこたえたぞ、道雪」
潮風が、その声を、海の向こうへ運んでいった。
史実メモ
一五八六年(天正十四年)秋から冬にかけて、黒田孝高と毛利勢が豊前に入り、小倉城などを攻め、十二月ごろには豊前の主な城を落としました。
同年十二月十二日、戸次川の戦いで、豊臣方の四国勢と大友義統の軍が島津家久の軍に大敗しました。翌十三日、島津軍は府内を落とし、宗麟の籠もる丹生島城を囲みました。
宗麟は大砲「国崩し」を使って丹生島城を守り抜きました。籠城の際、宗麟がキリスト教徒もそうでない者も城に避難させたことは、宣教師の記録に残っています。宗麟が自ら握り飯を配ったという話は、後世の逸話です。
丹生島城は三方を海に囲まれ、大手門は海側にあって、船で入る造りだったとする解説があります。
六助の旅、漁師、道雪の書状、宗麟の言葉と行いは、すべて創作です。
丹生島城に籠城していた家臣の中に、実は島津に内通していた者がいたとする記述があります(志賀親守とされます)。この章の内通の噂の場面と、宗麟の言葉は創作です。
島津軍は丹生島城を落とすことができず、一五八七年(天正十五年)春、豊臣秀吉の大軍が九州に入ると、豊後から撤退しました。石垣の上で宗麟が空になった浜を見る場面は創作です。
――――――
◀ 前の話:第13章 預かった城
▶ 次の話:第15章 津久見(最終章)
見出し画像:臼杵城(大分県臼杵市)/撮影 大分帰省中/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons、トリミングあり)
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