
雷神、主を諫む|第13章 預かった城
断章
この城は、わしのものではない。
お屋形様から預かり、娘に渡し、娘の婿が守る。いずれは、その子らが、また誰かに渡していく。
城とは、そういうものじゃ。
預かった者は、預かったまま、返さねばならぬ。傷をつけずに。欠けさせずに。
わしは、もう守れぬ。
じゃが、わしが育てた若い者たちが、守る。
それを、わしは、信じておる。
信じて、文に書いた。
一
天正十四年、卯月。
宗麟は、大坂にいた。
天下を握りつつある男、羽柴秀吉に会うためだった。臼杵から船を出し、瀬戸の海を渡って、遠い上方まで来た。
宗麟は、秀吉の前に、頭を下げた。
島津が、豊後に攻め入ろうとしております。どうか、お助けください。大友は、関白様の下につきます。
秀吉は、上機嫌だった。九州へ兵を出すと、約束した。
帰りの船の上で、宗麟は、ひとり、舳先に立っていた。
関白の前で、頭を下げた。名門の誇りも、九州の主の面目も、すべて床に置いてきた。
道雪なら、何と言っただろう。
頭を下げに行く主を、叱っただろうか。それとも、黙って輿の上から、ふんと鼻を鳴らしただろうか。
宗麟は、少し笑った。
きっと、こう言ったはずだ。家を残すために下げる頭なら、いくら下げてもよろしい。ただし、帰ったら、早う休まれよ。
小姓が、そっと羽織を持ってきた。
「お屋形様。海風が、冷えまする」
宗麟は、羽織を受け取りながら、つぶやいた。
「……あやつがおれば、今ごろ、母かと言うてやれたのにのう」
関白の兵が九州に着く前に、島津は、動いた。
二
文月、島津の大軍が、筑後を越え、筑前へなだれ込んできた。
筑前の大友方の城は、三つしか残っていなかった。紹運の岩屋と宝満。そして、統虎と誾千代の立花山。
島津は、まず、岩屋の城を囲んだ。
立花山の城で、統虎は、何度も、父のもとへ使いを出した。
兵を送ります。岩屋の城を出て、立花山へお移りください。
紹運の返事は、いつも、同じだった。
来るな。立花山を守れ。
文月の半ば、最後の使いが、岩屋から戻ってきた。
使いの者は、紹運からの短い文を、統虎に差し出した。
統虎は、それを読んで、しばらく動かなかった。
「……父上は、何と」
誾千代が尋ねた。
統虎は、黙って文を誾千代に渡した。
岩屋は、島津をここで食い止める。一日でも長く。その一日の分だけ、立花山が持ちこたえる。関白殿の兵が、近づく。
わしは、道雪殿と約束した。統虎には、生きよと言う、と。
そなたは、生きよ。立花山を、守り通せ。
誾千代は、文を読み終えると、そっと統虎の手に戻した。
何も、言わなかった。
統虎の手が、震えていた。
誾千代は、その手の上に、自分の手を重ねた。
三
岩屋の城の櫓から、紹運は、山の麓を見下ろしていた。
島津の旗が、見渡す限り、山を埋めていた。
籠城して、半月になる。城の兵は、七百あまり。そのうち、まだ刀を握れる者は、半分もいなかった。
その朝、島津から、最後の使いが来た。
城を開けよ。そなたほどの将を、死なせるのは惜しい。降れば、命も、領地も、取らぬ。
紹運は、使いの者に、静かに答えた。
「お心づかい、かたじけない。されど、城は開けられませぬ」
「なぜでござる」
「主家が傾いたときに、二心を抱く者は、武士ではござらぬ。わたしは、大友の家臣として生き、大友の家臣として死にまする」
使いの者は、それ以上、何も言わずに帰っていった。
使いが去ったあと、紹運は、櫓の上に一人で残った。
北の空を見た。
その方角に、立花山がある。統虎がいる。誾千代がいる。
そして、道雪の墓がある。
「道雪殿」
紹運は、小さく言った。
「あなたは、わたしに、死ぬなと仰せになりました」
風が、櫓を鳴らした。
「申し訳ございませぬ。その約束は、守れませぬ」
紹運は、少し笑った。
「されど、もう一つの約束は、守りました。統虎には、生きよと言いました。道雪殿の城を、守り通せと」
跡取りを手放した城だった。それでも、七百あまりの兵は、最後まで紹運の顔を見て戦った。
「道雪殿は、わたしから嫡男を奪ったと、今も気に病んでおられよう」
紹運は、小さく笑った。
「何も、奪われてはおりませぬよ。息子は、あなたの城で生きております。それで、十分でございます」
紹運は、目を閉じた。
「わたしがここで一日長く持ちこたえれば、その一日の分だけ、統虎の城が持つ。関白殿の兵が、一日、近づく」
目を開けた。
「それで、よろしゅうございますな」
返事は、なかった。
だが、紹運には、輿の上でふんと鼻を鳴らす老人の顔が、見えた気がした。
紹運は、櫓を降りた。
城の兵たちが、紹運を待っていた。傷だらけの、疲れきった顔ばかりだった。それでも、誰一人、目を伏せていなかった。
「皆。今日が、最後になる」
紹運は言った。
「よう、ここまで戦うてくれた。礼を言う」
*
文月二十七日。
岩屋の城が、落ちた。
籠城していた七百余りの兵は、一人も降らなかった。島津の大軍を相手に、半月にわたって戦い続け、最後は、全員が討死した。
紹運は、城の櫓で、腹を切った。
島津の大将は、敵ながら、その死を惜しんだという。
知らせが立花山に届いた夜、統虎は、一人で城の東の隅に座っていた。
花壇の前だった。
六助が、遠くから、その背中を見ていた。
声をかけるべきか、迷った。
迷っているうちに、統虎のほうから、声がした。
「六助か」
「……へえ」
「こっちへ来い」
六助は、統虎の隣に、少し離れて、膝をついた。
「父上が、二人とも、死んだ」
統虎は、花壇を見たまま、言った。
「道雪様も、紹運様も。わしを育ててくれた父上が、二人とも」
六助は、何も言えなかった。
「六助。そなたは、道雪様のそばに、ずっとおったな」
「へえ」
「道雪様は、最後に、わしのことを、何か言うておられたか」
六助は、懐に、手をやりかけた。
油紙の包みが、そこにあった。
立花の山は、殿から預かった城。わしが死んでも、統虎が守り申す。
殿が、その一行を書きながら、低く口にしたのを、六助はそばで聞いていた。
見せれば、若殿は安心なさるだろう。だが、これは、お屋形様ただ一人に宛てた文だった。
六助は、手を、膝の上に戻した。
「殿は」
六助は、言った。
「若殿が守ると、信じちょられました」
※〜ちょられました=〜ておられました
統虎が、六助を見た。
「わしが死んでも、統虎が守る。そう、言いなさっちょりました。何度も」
統虎の目が、揺れた。
それから、統虎は、花壇に目を戻した。
秋のはじめの、名もない小さな花が、暗がりの中で揺れていた。
「……そうか」
統虎は、しばらく黙っていた。
それから、立ち上がった。
「ならば、守らねばな」

四
葉月。
宝満の城も落ち、島津の大軍が、立花山を囲んだ。
山の麓を、島津の旗が埋め尽くした。夜になると、篝火が、星のように、山を取り巻いた。
島津から、使いが来た。
城を開けよ。開ければ、命は助ける。大友は、もう終わりだ。豊後も、いずれ島津のものになる。
統虎は、大広間で、その使いと向かい合った。
誾千代が、隣に座っていた。薦野増時が、由布惟信が、小野鎮幸が、両脇に並んでいた。
六助は、廊下の隅で、息を殺していた。
統虎は、使いの言葉を、最後まで黙って聞いた。
そして、目を閉じた。
一年前、実の父・紹運が、高良山から持ち帰った一枚の紙を思い出していた。道雪が死の床で詠み、紹運が書き取った歌だった。
異方に心ひくなよ豊国の鉄の弓末に世はなりぬとも。
紹運は、その紙を統虎に見せて、言った。道雪殿は、これを、家中のすべての者に遺された。そなたにもじゃ、と。
その紹運も、もういない。
統虎は、口の中で小さく、その歌を唱えた。
異方に、心ひくなよ。
目を開けた。
それから、静かに言った。
「この城は、開けられませぬ」
「なぜでござる。もはや、大友に、勝ち目は」
「勝ち目の話ではござらぬ」
統虎は言った。
「この城は、わたしのものではない。宗麟様から、道雪様が預かった城です。道雪様から、この誾千代が預かり、わたしが、それを守っております」
統虎は、使いの目を、まっすぐに見た。
「預かったものは、返すまで、守らねばなりませぬ。開けて差し出すことは、わたしには、できませぬ」
使いの者は、言葉に詰まった。
誾千代が、口を開いた。
「城の米は、まだ、半年は持ちます。塩も、水も。島津殿に、そうお伝えください」
使いの者は、二人の顔を、交互に見た。
それから、黙って頭を下げて、帰っていった。
*
囲みは、半月続いた。
島津の兵は、何度か、山の麓から攻め上がってきた。そのたびに、統虎は少ない兵で、奇と正を入れ替えながら、押し返した。
道雪が、惟信と鎮幸に教えた戦い方だった。
ある月のない夜、島津の兵が、闇にまぎれて大手の坂を登ってきた。
*
本丸の奥では、誾千代が、城の女たちを集めていた。
十八になっていた。六年前の夜に、父の陣羽織を引きずって走り回った娘は、今はその陣羽織が、肩にぴたりと合っていた。
「台所の者は、米を炊きなさい。ありったけ。夜通し戦えば、兵は腹が減ります」
誾千代の声は、静かで、よく通った。
「水は、桶に分けて、門の内側へ。火矢が来たら、すぐに消せるように。力のある者は、石垣の上へ、石を運びなさい」
女たちは、迷わずに動いた。
誾千代は、その様子を見届けると、薙刀を手に取った。
「姫さま、どちらへ」
「石垣の上へ。皆が石を運ぶなら、わたしも運びます」
*
夜半、島津の兵が、大手の門に取りついた。
門は何度も激しく揺れた。だが、破れなかった。石垣の上から、矢と石が、雨のように降った。
夜明け前、島津の兵は、坂を下って退いていった。
石垣の上で、誾千代は、最後の石を、両手で抱えたまま、それを見下ろしていた。
息が、荒かった。指先が、石の冷たさで、しびれていた。
ふと、袖口に目をやった。
父の陣羽織の袖が、焦げていた。火矢の火の粉が、いつのまにか、かすめていったのだろう。黒く縮れた焦げ跡が、指の先ほどの大きさで、ぽつりと残っていた。
誾千代は、その焦げ跡を、そっと撫でた。
「父上の羽織に、傷をつけてしまいました」
誾千代は、誰にともなく、つぶやいた。
夜明けの風が、石垣の上を渡っていった。叱る声は、返ってこなかった。
それが、少しだけさびしかった。
明け方、櫓から降りてきた統虎と、石垣から降りてきた誾千代が、本丸の庭で、行き合った。
二人とも、煤と泥にまみれていた。
統虎は、誾千代の手を見た。石を運び続けて、掌の皮が、ところどころ、すりむけていた。
「……何をしておった」
「石を運んでおりました」
「城主が、か」
「城主だから、です」
誾千代は、まっすぐに言った。
「父上は、輿の上から、一度も退かずに戦われました。わたしは、輿には乗れませぬ。だから、自分の手で、運びました」
統虎は、しばらく黙っていた。
それから、言った。
「敵は、数えて、追い返した」
誾千代は、目を見開いた。
五年前、初めて会った日に、この人が言った言葉だった。
「……米と塩と水も、まだ、十分にございます」
誾千代が答えた。
二人は、しばらく見つめ合っていた。
それから、どちらからともなく、小さく笑った。
喧嘩をしていないのに、笑い合ったのは、初めてのことだった。
葉月の下旬、島津の陣に、慌ただしい動きが見えた。
関白秀吉の兵が、毛利の軍とともに、海を渡って九州へ近づいている。その知らせが、島津に届いたのだ。
ある朝、山の麓の旗が、消えていた。
島津は、囲みを解いて、南へ退きはじめていた。
統虎は、退く島津を追い、岩屋と宝満を取り返した。
父・紹運が死んだ岩屋の城に、統虎は、立花の旗を立てた。
五
この一年、六助は、何度も臼杵へ走りかけた。
お屋形様が大坂へ上ったと聞いた夜。岩屋の城が落ちたと聞いた朝。そのたびに懐の包みを握りしめ、今ではないかと考えた。
今ではない。そう決めるたびに、分からなくなった。自分は殿の言いつけを守っているのか。それとも、ただ渡すのが怖いだけなのか。
臼杵でついた嘘も、まだ懐の中にあった。
島津が豊後へ向かうという噂が、筑前にも流れてきた。
お屋形様が、一人になる。
六助は、その夜、包みを握ったまま、朝まで眠らなかった。
秋が深まったころ、六助は、統虎と誾千代の前に、手をついた。
広間の縁先から見える立花山の斜面は、すっかり秋の色に染まっていた。
「お暇を、いただきとうございます」
統虎が、眉を寄せた。
「どこへ行く」
「豊後へ」
六助は、顔を上げた。
「殿から、お預かりしたものがございます。お屋形様に、お届けせねばなりませぬ」
統虎と誾千代が、顔を見合わせた。
「何を、預かった」
「申し上げられませぬ。殿との、約束ですけ」
※〜ですけ=〜ですから
統虎は、しばらく六助の顔を見ていた。
「……いつ、渡せと言われた」
「お屋形様が、いちばん苦しいときに、と」
六助は言った。
「島津は、筑前を退きました。次は、きっと、豊後へ向かいます。そのときが、来ます」
統虎は、黙って頷いた。
「行け。道雪様の言いつけじゃ。わしが止める筋はない」
誾千代が、立ち上がった。
奥へ入っていき、しばらくして、小さな包みを持って戻ってきた。
「道中の、食べ物です」
誾千代は、包みを、六助の前に置いた。
中には、握り飯が三つと、塩が少し、それに、わずかな銭が包まれていた。
「米と塩は、この城の蔵から出しました。父上が、残してくださったものです」
誾千代は、少しだけ笑った。
「六助。父上の大事なものを、お屋形様に、ちゃんと届けてください」
六助は、包みを、両手で受け取った。
頭を、床に、こすりつけた。
顔を上げられなかった。
*
発つ前の晩、六助は、城下の長屋に帰った。
女房のおそのは、何も聞かなかった。殿が亡くなってから一年、夫が懐の何かを、夜も昼も手放さずにいることを、知っていたからだ。
娘のはるは、十四になっていた。背が伸び、母に似た目元が、すっかり娘らしくなっていた。
夕餉のあと、はるが、小さな袋を差し出した。
「父ちゃん。お守り」
赤い布を縫い合わせた、不格好な守り袋だった。布の端にたどたどしい字で、ろくすけ、と縫い取ってあった。誾千代様の侍女に、少しずつ字を習っているのだという。中に、高良山の社の札が、折りたたんで入れてあった。殿の病が治るよう、祈りを捧げた社の札だった。
「殿さまの病は、治らんかったけど」
はるは、うつむいて言った。
「父ちゃんは、ちゃんと、帰ってきちょくれ」
六助は、守り袋を、しばらく手のひらに載せていた。
高良山の篝火の陰で、帰る、と言った男の顔が、浮かんだ。
それから、懐の油紙の包みの隣に、そっとそれを収めた。
「帰ってくる」
六助は言った。
「殿の大事なもんを届けたら、すぐに帰ってくるけ」
おそのは、黙って夫の椀にもう一杯、飯をよそった。
史実メモ
一五八六年(天正十四年)四月、宗麟は大坂城で豊臣秀吉に謁見し、大友家が豊臣の傘下に入ることと引き換えに、島津に対する軍事的な支援を願いました。
同年七月、島津の大軍が筑前に攻め入り、高橋紹運は岩屋城に七百余りの兵とともに籠城しました。降伏の勧めを拒み、半月にわたって戦い、七月二十七日に落城。籠城兵は全員が討死し、紹運も自害しました。島津方の大将は、紹運の死を惜しんだと伝わります。
宝満城も落ち、島津軍は立花山城を囲みましたが、統虎(のちの立花宗茂)は開城を拒んで抗戦しました。豊臣方の軍が近づくと島津軍は撤退し、統虎はこれを追撃して、奪われた城を取り返しました。
紹運の最後の文、統虎と六助の会話、統虎が使者に語った言葉、誾千代が渡した握り飯は創作です。
統虎が道雪の辞世を思い出して開城を拒む場面は創作です。
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◀ 前の話:第12章 帰る棺
▶ 次の話:第14章 国崩しの城
見出し画像:立花山城跡の石垣/撮影 Heartoftheworld/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons、トリミングあり)
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