
【clum! '95 #60】カモミールとクローバー

1996年、3月14日、木曜日。
街を包む空気は、冷たさを残しつつも、どこか湿った春の匂いを帯び始めていた。
碧翔学園のキャンパスは、新学期を待つ1、2年生の期待が混ざり合い、独特の浮足立った空気に包まれていた。
バレンタインデーに、立夏から心のこもった手作りチョコを受け取った僕、早坂一頼にとって、今日はその「答え」を渡す日だ。
1ヶ月前の誕生日に彼女から貰った、ブルーブラックのインクのボールペン。
僕は昨日、そのペンを握りしめ、夜遅くまで机に向かっていた。
何を書くかものすごく悩んで、何枚も何枚も書き直した。おかげで少し手が痛い。
放課後。図書室近くの、夕日が差し込む渡り廊下。
僕は、立夏から貰ったブックカバーをかけた本を片手に、彼女を待っていた。
バスケ部の練習を終え、少し汗を拭った立夏が、緊張した面持ちでやってくる。

「……待たせて、ごめん。一頼」
「ううん、僕も今来たところです。……これ、バレンタインのお返しです」
僕は、綺麗にラッピングしたつもりの小さな紙袋と、厚みのある封筒を差し出した。

受け取った立夏は、封筒の重さに驚き、それから穏やかな微笑みを浮かべた。
「ありがとう、一頼。……これ、手紙?」
「うん。……立夏の、誕生日にくれたペンで、書いたんです。……13歳になった僕が、今、一番伝えたいことを」
僕は、少し恥ずかしくて、目を逸らした。
立夏が紙袋を開けると、そこには二つの贈り物があった。
カモミールの香りのハンドクリームと、小さなシルバーのクローバーのネックレス。
「立夏、バスケ部の練習で手が荒れてるかなって思って。カモミールは、優しい香りがするから。……ネックレスは、立夏の強さは、優しいクローバーみたいだなって思って」

「……クローバー? かわいすぎて、あたしには似合わないかも」
「ううん、すごく似合うはずですよ。……僕、立夏の強さは、僕を守ってくれる優しいクローバーみたいだなって、ずっと思ってたから」
「……そ、そっか」
「手紙は恥ずかしいから、家で、一人で読んでください」
僕は、立夏の手の中にある封筒を指差した。
そこには、彼女の誕生日に貰ったボールペンで、出来るだけ丁寧に、そして気づけば、何枚にもなってしまった手紙が入っていた。
「……一頼。……ありがと。家で、ちゃんと読むから」
立夏は、僕の制服の袖をぎゅっと握った。
頼まれてネックレスを留めたけれど、指が震えてしまった。
やっぱり立夏にクローバーのネックレスはよく似合っていた。



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