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Photo by294pia_nobi

夢のつづき ~夢と記憶が交差する場所で

    *幼少期の記憶や家族との関係にふれる、少し重ためのエッセイです。
    よかったら、ご自身のペースに合わせて、読めそうなタイミングにふらりとお立ち寄りいただけたら嬉しいです🕊️

    夢を見た。
    夢の中で私は、あまりの理不尽さに耐えかねて泣き出していた。

    私が幼い頃、父は毎年、司法試験を受験していた。仕事の傍ら法律の勉強を続け、何度か筆記試験(短答式、論文式)を通過するも、最終関門の口述試験を突破することはついになかった(※現在とはかなり方式が異なる)。父が弁護士になることを最終的に断念したのは、私が小学校低学年の頃のことだ。

    両親が結婚して間もなく、母のお腹に私が宿った。赤ちゃんができたと聞いたとき、父は母をなじったそうだ。司法試験の妨げになる、と。

    ──幼児期の記憶の中にある極限状態の父の形相、そして怒号。

    「勉強しているんだ。邪魔をするな。あっちへ行け!」

    父と母の間には諍いが絶えなかった。
    言い争う両親の真ん中で私は激しく泣いた。自分がよい子でないからふたりは喧嘩するのだと思った。眠りにつく度に怖い夢を見た。いつも同じ怖い夢。

    父は、まとわりつく小さな私をしばしば邪険に扱ったが、同時に溺愛してもいた(執着と呼んだほうが適当かもしれない)。私自身ではなく、おそらくは私の能力を。その傾向は私が成長するにつれ顕著になった。私は勉強しない子どもだった。それは、勉強という言葉に絶えず生理的嫌悪感を感じていたからに他ならないが、一方でよい子にしていなければならないという強迫観念と生来の要領のよさとが、私を都合のいい優等生に仕立て上げた。

    父は、内心では私が弁護士を目指すことを望んでいるかのようにさえ見えた。

    私は、父が私に何かを投影しているのではないかと心のどこかで疑っている。そのような猜疑心を抱くきっかけとなったのは、私の思春期に彼が漏らしたある言葉だった。

    「りょうこが男だったらよかったのに」

    この不用意な一言で、父は私のみならず5歳下の弟までをも冒涜した。利己的で歪んだ愛情だと思った。父を心から憎いと感じた。

    大人になった私は、いつしか様々な感情を棚上げすることで現実と折り合いをつける方策を見出した。しかし、記憶そのものは鮮明であるがために、時折行き場のない感情が噴出する。

    おそらくは今朝方見た夢もその延長線上にあるのだろう。

    目覚めたとき、私は泣いていた。それが夢なのか現実なのか、にわかには判別することができなかった。少しずつ意識がはっきりしてきて、ようやく自分が夢から覚めたことを知った。涙のつたった頬が冷たい。

    心配そうに私の顔を覗きこむ彼の姿がすぐそこにあった。訳も分からないまま静かに涙を拭いてくれている。突然何かを叫んだかと思ったら、次の瞬間泣き出したんだよと教えてくれた。頭をなでてくれた彼の手はとても温かだった。

    * 2001/2/3記(2025/7/20修正公開)


    ※このエッセイは、有料記事「絶望と希望のあいだ」シリーズの一部として綴られた記憶の断片です🕊️

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    ① 父の最期の言葉

    ② 望まれなかった命

    ③ 奪われた空


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    ワークライフアンバランス時代を経て、プロの事務屋(元公務員)からプロコーチに転身。活動まとめ👇 https://lit.link/coachryoko その方が向かう先の先に視線を向けながら、本質や持ち味を生かし、のびのび可能性を広げていってほしいという思いで伴走しています。

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