
借りた本に挟まれていた先輩の秘密《シロクマ文芸部》 | ショートショート #10
借りた本に、手書きのメモが挟まれていた。
「読んでおいた方がいい」と先輩に勧められ、半強制的に持ち帰らされたビジネス書。
家でちびちびビールを飲み、内容は全く頭に入らないながらもページをめくっていたら、その紙が出てきたのだ。
明らかに、先輩の字。こんな内容が書かれていた。
8/27木・夕方×2、時間オーバー
9/3木・夜、17時出、ロッカー間に合わず
9/7火・朝、会社で朝ごはん
何かの記録のようだが、さっぱり意味がわからない。
捨てるわけにはいかないし、見て見ぬふりをして挟んで返すのも違う気がした。
「明日、本を返す時に聞けばいっか」
僕はそう一人ごちて、紙をもとの位置に挟み、ページをめくり続けた。
* * *
翌日。
「打ち合わせ」と称して、先輩と会社の近くのカフェに来ていた。
本を返そうと声をかけた時に、「こんな紙が入ってましたけど、なんすか?」と例の手書きのメモを見せたら、先輩はサッと顔色を変えた。
「その話は、会社では、ちょっと。打ち合わせに出よう」
本とメモはデスクの引き出しにしまい、2人ともスマホだけを持って会社を出た。
面倒な話になるのかな、と、正直僕は警戒していた。
運ばれてきたアイスコーヒーを一口飲んでから、先輩は意を決したように「実は」と話しはじめた。
「ずっと、誰かに話したかったんだ。ここだけの話にしてほしいんだが、実は僕は、妻に内緒で……」
よからぬ話になりそうな予感しかなく、僕は慌てて口を挟む。
「おっと。先輩、待ってください。厄介な話は聞きたくないです。メモ、見なかったことにするんで。詮索もしないので、秘密とかそういうのは、話さないでください」
隠し事の片棒をかつぐみたいなことは、したくない。
「いや、そう言わずに聞いてくれ。もう誰かに言いたくて言いたくて」
「嫌ですってば。他をあたってください」
「僕は」
「聞きたくないです」
「エアロビに、通っているんだ」
予想もしなかった言葉が、先輩の口から飛び出す。
「……は?」
思わず、間の抜けた返答をしてしまった。
そんな僕にはおかまいなしで、先輩は続ける。
「あの楽しさを一回知っちゃったら、もうダメなんだよ。音楽に合わせてステップを踏み、汗をかく快感がたまらないんだ」
「……は?」
「妻に話したら、猛烈に反対されたんだ。ご飯は交代で作っているから、当番じゃない日に、帰りが遅くならない程度ならいいじゃないかと説得を試みたんだけど、どうしても嫌だと言われた。でも諦めきれなくて、実は内緒で通い続けている」
「……は?」
「駅の近くにロッカーを借りて、そこに着替えと靴を隠してるんだ。最近は専用の靴まで買っちゃって」
まくしたてるように高速トークを続ける先輩。
全く話についていけない僕。
「先輩、前言撤回します。思ったより面白そうな話なので、全部聞かせてください」
僕がそう言うと、先輩は嬉しそうに目を輝かせ、以下のような内容を話した。
ハマりすぎてエアロビに通う頻度が上がり、妻から怪しまれていること。
レッスンの時間帯ごとに、移動・着替え・洗濯(コインランドリー)の最短ルートを改善中で、メモを残していること。
スマホだと妻に見られてしまうリスクがあるため、手書きのメモにして、会社に置きっぱなしの本に挟んでいること。
聞けば聞くほど、意味のわからない話だった。
僕はほぼ、涙を流す勢いで笑いながら話を聞いていたが、先輩はいたって真剣だ。
ついにはスマホを取り出し、その画面を僕の方に向ける。
「で、これがハマっているスタジオのインスタなんだけど、なかなか予約が取れないレッスンがあってさ……」
おはようございます。
ぽていとぽたあとです。
「何の話?」ってなりましたでしょうか。
驚くべきことに、半分くらい実話なんですよね。
会社の先輩ではないですが、知人から「妻に内緒でエアロビに通っている」という秘密を打ち明けられたことがあります。
そもそも、なぜそんなに反対されたのか。なぜそこまでして隠すのか。私は一体、何を聞かされているのか。
謎すぎて詳細は忘れてしまったのですが、いちいち面白かった。私は爆笑しながら話を聞きました。
当人は、真面目に話していたんですけどね。
最後まで、「何の話?」という感想だったので、それをそのままオチに使いましたよ。
#シロクマ文芸部 に参加させていただきましたよ。
小牧さん、今回も楽しいお題をありがとうございます。
お題:「借りた本」からはじめるnote
🥔・🥔・🥔
ほかにもショートショートを書いています。
よければお読みくださいね。