
忘れられない虫の音《風まかせ文芸部》 | ショートショート #11
「飼育で、いちばん大変なことは何ですか?」
私は取材ノートにペンを走らせながら、向かいに座る研究員に話を聞いていた。
会話はスマホで録音させてもらっているが、取材の現場で気になったポイントはその場でメモを取らないと、あとで記事にする時に軸が決まらない。
「飼育する環境をしっかり整え、管理すること、でしょうか。温度・湿度はかなり細かくモニターし、明るい時間と暗い時間も適切に配分しています。産卵量にも影響が出ますから」
「産卵量、なるほど。確かに数が足りないと、実験に影響がありそうですね」
「はい。必要な時に、必要な数を用意することが求められているので、数の管理はかなりシビアです。しかも、同じコンディション・同じサイズで飼育することが重要なんですよ」
「習性に合わせて、小部屋に分けて飼育されているとも伺いました。小部屋は、それぞれどう違うんでしょうか?」
「実際にお見せしながら説明しましょう。研究室へ、どうぞ」
そう言って研究員は立ち上がった。
私を連れて廊下を進み、一つの扉の前で止まる。
私は覚悟を決めるために、すでに知っていることを質問した。
「何匹いると、おっしゃってましたっけ?」
「ここだけで、60万匹ほど」
研究員が扉を開けた。
私は思わず、息を呑む。
部屋に入った。
その瞬間に聞こえた音を、私は一生忘れないだろう。
カサカサカサカサカサ――。
60万匹のゴキブリが、動き回る音。
ゾワっと、自分の肌が粟立つのを感じた。
この研究所では、害虫駆除の製品開発や生態研究のため、常時60万匹、18種類のゴキブリを飼育している。
おはようございます。
ぽていとぽたあとです。
虫の中でも圧倒的な嫌われ者、それはG。
そんなGをはじめとする害虫の駆除には、殺虫剤は不可欠です。
そして殺虫剤を開発するためには、実験するための虫の飼育も不可欠なんですよね。
何年か前にポッドキャストで、製薬会社の「研究所」を取材した新聞記者の方が、その経験について話していたのを思い出して創作してみました。
すごい仕事があるもんだ、そしてそれを取材したのもすごいな、と衝撃を受けたのを覚えています。
研究者・開発者の皆さんには、頭が上がりません。
お題:虫の音
またショートショートを書くにあたり、アース製薬の赤穂研究所についての記事を参考にさせていただきました。
🥔・🥔・🥔
ほかにもショートショートを書いています。
よければお読みくださいね。