
月を見る目が多いことに、嫉妬を感じる海《シロクマ文芸部》 | ショートショート #18
月を見る目が多いことは、誇らしい。
と同時に、すこし嫉妬を感じてしまう。
日本の女子スケートボーダーとして、確実に3本の指に入る佐久間 月が、パークのデッキに立ち、スケートボードに片足を乗せている。
明日に控えた国際大会の、公式練習日。
月がボードを踏み、パークの斜面へドロップインした。
すぐそばにいた僕も、ほとんど同時に滑り出す。
腰を落として右手のカメラを腰より低い位置に構え、すこし後ろから月を追う。
画面越しに、月の動きをつぶさに捉える。
次にどこに向かい、どこで仕掛けるか、手に取るようにわかる。
月はボウルの底を抜け、勢いを殺さず反対側の壁を滑り上がる。
僕はやや外側へ膨らみ、月の動線と重ならない位置を取った。
——決める。
そう思った瞬間にはもう、月はリップを飛び出していた。
バックサイド・エア。
十分な高さをキープし、左手でボードを掴み、引きつける。
月の長い髪が、宙を舞う。
次の瞬間には、4つのウィールがコンクリートを捉えた。
歓声が上がり、他のスケーターたちがボードのテールを床に叩きつけて喜んでいる。
メディアや関係者、他のスケーターたちの目も、月の満足そうな笑顔に吸い寄せられる。

「海! いいやつ、撮れた? 最後のバックサイド・エアは、インスタに使いたい」
滑り終わった月が、歩み寄りながら聞いてくる。
「すげーかっこよく撮れたよ」
僕は、余裕の笑みを返す。
* * *
月と僕(海)は、二卵性の双子。
4歳のとき、最初にボードを欲しがったのは僕だった。
月は僕についてきた。
最初の数年は、それだけだった。
ふたりが12歳になる頃には、明らかな差がついていた。
空中で板を自分の身体の一部みたいに扱う感覚、思い切りの良さ、トリックを決めたいという執念、ここぞというときに大技を決めて観客をわかせる本番強さ。
すべてにおいて、月は抜きん出ていた。
あれから7年。
僕は滑るのをやめたわけではないけど、選手になるのは諦めた。
途中サーフィンにも手を出して、趣味としては今も楽しんでいるけど(名前も「海」だし)、波に乗る快感と、スケボーで風を切って滑ったり、ねらったところでトリックを決める快感はやはり別で、逆にもっとスケボーがやりたくなるという始末だった。
月と僕はよくスマホでお互いの滑りを撮ってSNSに上げていたけど、僕はすこしずつ本格的な機材を買い集め、「月が滑り、海が撮る」という役割分担ができていった。
今では僕は、アクションスポーツ専門のビデオグラファーとしてフリーランスで働いている。
ほかのスケーターの撮影もするけど、月の動画のほとんどは僕が撮っている。
撮影中は僕もボードに乗ることが多い。
スケーターのラインを読み、速度を合わせ、邪魔にならないぎりぎりまで近づく。
この感覚は、もともとスケボーをやっていないと、わからないだろう。
月を一番かっこよく撮れるのは、僕だと思っている。
実際、月の動画はよく回るし、僕の動画経由で月にスポンサーがついたこともあった。
とても誇らしいのと同時に、画面に映るのが自分ではないことに、たまに胸がちくりと痛むのも事実だ。
僕がどれだけいい映像を撮ってSNSに上げても、コメント欄に並ぶのは、月に対する褒め言葉だ。
まあ、当たり前なのだけれど。
* * *
公式練習が終わり、僕が機材を片づけていると、月が隣にしゃがみ込んだ。
「今日撮ったやつ、見せて」
僕は撮ったばかりの映像を再生する。
「うわ。この角度、すごくいい」
「だろ。インバートも良かったけど、やっぱインスタはバックサイド・エアだな。青空に映える。夜までに編集しておくから」
「持つべきものは双子の兄だね」
「仕事だからね。月のおかげで、受注が増えているし」
「海が撮った私が、一番かっこいい」
「……突然の自画自賛?」
「ちがうよ。海に対する褒め言葉。仕事が増えてるのは、海の腕がいいからでしょ」
僕は思わず画面から顔を上げて、月を見る。
いたずらっ子のような表情。
双子ってお互いの心が読めるのかも、と思うことがある。
僕はつい、いつも月の後ろを追いかけている気になってしまうけれど。
こうやって月はたまに、隣にいることを教えてくれる。
返す言葉に迷っていると、月が今度は真面目な顔になって、こう言った。
「明日は決めて、トップ取るから。またちゃんと、かっこよく撮ってね」
「当たり前だろ」
僕が機材を全てカバンに詰めて背負うと、ふたりで会場を後にした。
外に出ると、僕たちは合図もせずにボードを置いて足を乗せ、滑り出す。
今は、月を追う必要はない。
ふたりで並んで、滑ればいいんだ。
おはようございます。
ぽていとぽたあとです。
今回のシロクマ文芸部のお題を見た時に、「月」という人物にしたら面白そうだなと思いつきました。
「何も起きない」系の話、第2弾。
小牧幸助さん、いつもお題をありがとうございます。
スケートボードに関しては、不正確または非現実的な描写があるかと思います。
画像の生成、今回はだいぶ苦戦しました。
大きめのアクションを描こうとすると、AI画像生成の限界を感じますね。
人間の身体がありえない方向にひん曲がり、あらぬところから頭や手足が飛び出す数々のバケモノが爆誕しました。
本当は「インバート」というトリックの絵にしたかったのですが、何度プロンプトを修正しても参考画像を送ってもバケモノになってしまうため、断念。
スケボーを知らない人にとっては、文章だけでは「なんのこっちゃ」かなと思ったので、バックサイド・エア(ぽいもの)のイラストをなんとか作って、入れましたよ。
実際には、バックサイド・エアでスケーターたちが沸くことはないように思いますが、「映え」とわかりやすさを重視しちゃいました。
ちなみに、イラスト生成を断念した「インバート」とは、スケボーに乗って坂を滑り上がり、片手をついて逆立ちのようになる技のことです。
控え目に言ってク○かっこいいやつですね。
gifでわかりづらいかもですが、こんな感じ:

目の前で見られてラッキーでした。
今年のX Gamesを見に行ったのですが、プロって練習でずっと失敗していた大技を、本番で決めたりするんですよね。
そしてスケーターって、ライバルが難しいトリックを決めると「すげー!」って本気で喜んで賞賛し合うんです。
板を床や手すりにガンガン打ち付けて、大はしゃぎ。
そこには嫉妬もあるかもしれないけど、それを上回る尊敬もある。
今回のショートショートではそういう人間関係を表現したいと思っていたら、スケーターという設定が出てきましたよ。
実はすこし前のみのりさんの記事を読んで、「嫉妬」って興味深いテーマだなと思っていたこともあります。
すごく面白かったので、まだの方がいらっしゃいましたら、ぜひ。
「嫉妬する」って苦しいときもあるかもしれないけれど、悪い感情ではないように思います。
また嫉妬する・される側の関係性って、見方を変えたり距離をとったりすると、違う形に見えることもあるんじゃないかな、なんて思っていますよ。
🥔・🥔・🥔
ほかにもショートショートを書いています。
よければお読みくださいね。