
こんにちは!全く目が見えないお姉さん、愛美テミスです。
マイノリティのリアルをお伝えする本コラム。前号では見えない世界のお散歩にお付き合いいただきました。
そこで私はあろうことか、電柱にぶつかってしまいました。痛い!恥ずかしい!!でも実は、私が道でいろいろな物にぶつかることは日常茶飯事。白杖があるとはいえ、外を歩くときは痛いことばかり。
けれども生きている限り、外に出ないわけにはいきません。会社に行く、学校に行く、買い物に行く、友達に会う、ランチに行く、飲みに行く、好きな人に会いに行く……。だから、痛いけれども勇気を出してお出かけしています。
今日も段差や障害物を白杖でさわさわトントン。自転車や看板を倒さないように、注意しながら歩きます。
ちなみに電柱は人間がぶつかったぐらいでは倒れません。そして位置も変わらない。だから、ぶつかれば痛いけれども、目が見えない私たちにとっては、自分の居場所を確認するための目印にもなっています。
今回はさわさわトントン。外出時には欠かせない白杖についてのお話です。
皆さんもご存じのとおり、視覚障害者が外を歩くときに使う物として、「白杖(はくじょう)」があります。
この白杖について、全く目が見えない人が持つ物だと思っている方が多いのですが、実はそうではありません。少しは見えている「ロービジョン」と呼ばれる人たちも、歩行に不安を感じれば白杖を持ちます。
白杖には大きく2つの役割があります。
1つ目は、携帯している本人が自分自身の安全を確保するために使うということ。杖で足元を探ったり、障害物を見つけたりします。
2つ目は、シンボルであるということ。
携帯することにより、自分が視覚障害者であることを周囲の人に知らせます。だからこそ、皆さんは白杖を持つ人に道を譲ったり、あるいは迷わず支援の声かけができるようになりますね。
ここでぜひ皆さんにお伝えしたいことは、白杖=必ずしも全盲だけではない、ということです。
日本における視覚障害者の数は約164万人。
そのほとんどは、人生半ばで心ならずも受障した人たちです。そして全盲はその中の約20万人。つまり視覚障害者と呼ばれる人たちのほとんどは、少しは見えているロービジョンであり、白杖を持つことに心理的抵抗を感じている人たちです。過去の私もそうでした。
日本眼科医会の調査より https://code.kzakza.com/2018/05/gankaikai_popu/#content
初回のプロフィールにも書きましたが、私は10代後半から30代にかけて徐々に光を失いました。これがロービジョンの期間です。そしてとても苦しかった。
外を歩くことに恐怖を感じていた日々、でもなかなか白杖が持てない。白杖を持つということは、人様に自分の障害をさらすこと。白杖=全盲という思い込みもありました。でもちゃんと見えていない。これが私のロービジョン時代の記憶です。
ですから皆さん、おぼつかない手つきで白杖を振る視覚障害者を見かけたら、どうかどうか温かく見守ってください。そこにいるのは、ロービジョン時代の私かもしれません。
今回はここまでです。
取り上げるテーマについて、皆さんからのリクエストもお待ちしております。
登壇者プロフィール
愛美テミス:産業カウンセラー/JPA認定カウンセラー
1973年生まれ。
視力がだんだん失われていった10代から30代にかけて感じた恐怖と、社会からの疎外感を忘れることができない。誰もが優しくつながる社会を理想に掲げ、現在ライフワークとしてブラインドのためのITサポートやピアカウンセラーとして活動をしている。さらに、晴眼者のITサポーター養成にも取り組んでいる。パラちゃんねるのライター兼WEBアクセシビリティも担当する。