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流産は誰のせいでもなかった。夫と姑の言動を別の問題として整理できた。

    20年前の流産のことを、私はずっと心のどこかで引きずっていた。

    流産そのものもつらかった。

    しかし、本当に苦しかったのはそれだけではなかった。

    悲しみを分かち合う相手がおらず、

    心が弱り切っていた時に、姑と夫の二人から浴びせられた言葉だった。

    私は流産の悲しみと、あの時受けた傷を長い間ひとつのものとして抱えてきた。

    けれど今は分かる。

    流産は誰のせいでもなかった。

    そして、あの言葉や対応は別の問題だったのだ。


    流産は誰のせいでもない


    テレビから「流産」の言葉が聞こえてきた。

    切迫流産の危険があり、何ヶ月も入院していたと言っていた。
    私も妊娠初期から入院していたら助けられたのか?

    いくら調べてもその答えは見つからなかった。

    逆に妊娠初期の流産は、自分ではどうにもできないものと知った。

    気休めで、妊娠初期は不安定な時期だから仕方ないと言われたのだと思っていた。

    私を責めないように言っただけだと思っていた。

    家族以外の誰か、医師か誰かが私に言った言葉だった。

    ネットで見る流産の記事ですら、私の場合はそれとは違うとずっと思っていた。

    初期の流産のなかでも、確率の低い方——受精卵の問題ではない何か……

    だから、努力すれば守れたのではないかと、ずっと思っていた。

    あの時、違う行動をしていたら。

    もっと強く断っていたら。

    もっと早く病院に行っていたら。

    私は何度も何度も考えた。

    妊娠初期に風邪をひいたこと。

    微熱が続いていたこと。

    点滴を受けていたこと。

    姑に初めて、兄嫁の前で事実を捻じ曲げて陰口を言わないで欲しいと意見を伝えたこと。


    結婚してから私は夫の家族に受け入れてもらえなかった。
    陰で私の欠点を挙げ連ねて、夫は私に伝達してきていた。

    この旅行を引き受けたら、必ず関係が良くなり、姑は私に優しくしてくれる。
    だから旅行に一緒に行って欲しいと懇願されて、旅館を予約した。

    その後、妊娠発覚。

    出発前に風邪で発熱し、点滴。
    キャンセルを懇願しても夫は聞き入れてくれなかった。

    関係を良くしたくて、必死で準備した旅行だった。

    なのに食事のダメ出しをされ、夫は目を逸らした。

    子どもを失い、姑の人格を疑った。

    私の努力は、最初から報われる場所になかった。


    片道4時間の車移動をしたこと。

    気分が悪くなり、冷や汗が出て吐きそうになるほど辛かったのに引き返さなかったこと。

    温泉に入ったこと。

    旅先で体の異変に気付いても言われるがままに病院へ行かなかったこと。

    出血しても受診せず入院しなかったこと。

    旅行先でも帰宅後も夫の言う事を聞いてしまい、受診しなかったこと。

    実家で安静にしていたこと。

    幼い息子を預けて病院へ行かなかったこと。

    私は長い間、そのどれかが原因だったのではないかと思い続けていた。

    けれど、何度調べても答えは同じだった。

    妊娠初期の流産の多くは、受精卵側の染色体異常などが原因で起こる。

    風邪をひいたからではない。

    微熱があったからでもない。

    温泉に入ったからでもない。

    車で長距離移動したからでもない。

    強烈なストレスを受けたからでもない。

    あの子は、どんな選択をしても育つことが難しかった命だった。

    妊娠8週で手術を受けた時には、すでに流産したあとだった。

    私は何も間違えていなかった。

    防ぎようがなかった。

    どんな選択をしても結果は変わらなかった。

    それが、ようやく受け入れられるようになった。

    だから私は今、20年前の自分に言いたい。

    「あなたのせいじゃないよ」

    と。


    姑と夫が私にした事を切り離して考えられた


    ただし、それとこれとは別の話がある。

    流産は誰のせいでもなかった。

    夫のせいでもない。

    姑のせいでもない。

    もちろん私のせいでもない。


    でも、あの時の夫と姑の対応は間違っていた。

    体調が悪い妊婦に無理をさせたこと。

    旅行先でぬるい液体が流れてきたとき、病院をどうするか夫に相談すると、姑に隠せと言い、受診させなかった事。

    出血しても夫は受診に協力しなかったこと。

    私の不安や苦しさを軽く扱ったこと。


    初めて一緒に旅行したのに、いつも行っている兄夫婦と同じ待遇を求められた。 「兄嫁なら(偏食で食べるものが限られている)私の食事をちゃんと配慮してくれてる」と、ダメ出しを食らったこと。

    夫は自分の母親の偏食についてアドバイスしてくれることはなかった。
    以前聞いていた嫌いなもの(乳製品・納豆・刺身)よりも無数に食べられないものが多く、怒られて初めて想像をはるかに超えて偏食の多いことを知った。

    そして、向かいに座っている夫は目も合わせず、私が悪いと言わんばかりな雰囲気だったこと。


    それらは流産の原因ではない。

    しかし、人としてしてはいけない行動だった。

    流産後、姑と夫が私にトドメ刺した言葉

    流産後、姑に泣きそうになりながら電話をした。

    すると、姑は、
    【夫からではなく本人から直接電話が無かったこと】をまず初めに注意された。
    事情を伝えようとすると話を変えられた。

    姑は、帰宅後出血したことを知らなかった。
    初孫の七五三で嫁の両親の前で【恥をかいた】と猛烈に怒りをぶつけてきた。

    そして、出血を知っている【兄嫁に流産したことを、電話で報告をするように】と命令された。
    最後に、自分は風邪を引いていると言って電話を切られた。

    私は一方的に苦情を言われ、ほとんど話をすることができなかった。

    夫にその事を伝えても、無反応だった。

    結婚してからいつも、姑の言動は問題だと言っても、
    『もう少しで、あの世に行くから、しばらく我慢してくれ』と言われるばかりだった。

    その後、
    夫は、流産後に自責の念で落ち込んでいた私に「弱すぎる。お前の父親みたいに自殺するぞ」と言った。
    私の父は自死で亡くなっていた。

    流産の悲しみと、父の死と、夫の言葉。

    三つが私の中でひとつに絡み合った。

    当時の私は、

    「二人とも自分の責任を軽くしたくて、私を責めたのではないか」

    そんなことまで考えてしまった。

    けれど、すぐに打ち消した。

    そんな訳はない。

    自分と血のつながったお腹の子を大切にするはずだし、その母体である私を大切に思うはずだ。

    私はそう言い聞かせていた。

    でも今は分かる。
    混同していたのは私が弱かったからではない。
    そうさせられていたのだ。

    流産の原因と、モラハラの問題が絡み合ってしまっていた。

    流産は防げなかった。

    一方で、私への扱いは間違っていた。

    この二つは別々に考えて良かったのだ。

    気づき

    そして、あの出来事は私に大切なことを教えていた。

    私は家族を守ろうとし過ぎていた。

    夫を守り、

    姑との関係を守り、

    家庭を守ろうとしていた。

    その結果、一番守らなければならない自分自身を守れなかった。

    本当に守れなかったのは、お腹の子ではない。

    私自身の命だった。

    その後も私は我慢を続けた。

    気付けば20年以上。

    大きな手術をしても、

    病気になっても、

    大切に扱われることはなかった。

    そしてようやく、自分の人生を見直すことになった。

    別居をして、

    女性相談へ行き、

    たくさんの人に話を聞いてもらった。

    真実を受け入れるまでには時間がかかった。

    それでも少しずつ、自分が置かれていた状況を理解できるようになった。

    息子に流産した真実を伝えたことで隠し事が無くなり、
    昨年から始めた水子供養も、その過程の一つだったのかもしれない。

    半年かけて向き合い続けた結果、ようやく答えにたどり着いた。

    私は悪くなかった。

    もう自分を責めなくていい。

    あの子は私を責めていない。

    むしろ、

    「お母さん、自分を大切にして」

    と教えに来てくれたのかもしれない。

    私の結婚生活で学んだことは、

    家族を守ることではなかった。

    自分を守ることだった。

    私は自分を責める必要はなかった。

    20年かかったけれど、

    ようやく私は自分を許せた。

    相手のコントロールを客観的に理解できた今、

    やっと流産は誰のせいでもないと思うことができた。

    本当にDVサイクルから抜け出したと思えた。


    もう迷わない。

    私は、私を一番に守って生きていく。


    あとがき : 「責任の外在化」について

    「責任の外在化」


    心理学には「責任の外在化」という考え方がある。

    自分の失敗や責任、罪悪感をそのまま受け止めるのが苦しい時、人は無意識に原因を外へ向けることがある。

    例えば、

    「自分が悪かったかもしれない」

    ではなく、

    「相手にも問題があった」

    「相手が悪かったからこうなった」

    と考えることで、自分の心を守ろうとする反応だ。

    もちろん、それ自体は誰にでも起こりうる防衛反応であり、特別なことではない。

    私がこれまで出会ったパワハラ気質の人たちや、姑、夫の言動を振り返ると、
    この「責任の外在化」という考え方と重なる部分があるように感じる。

    もちろん、本人たちが実際に何を考えていたのかは分からない。

    ただ、どのような理由や防衛反応があったとしても、
    傷ついている相手をさらに追い詰める言葉が許されるわけではないと思う。



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    別居をきっかけに、自分と向き合いながら人生を立て直す過程を綴っています。「部屋の中の象」と向き合い、初めて知った息子の本音。投資・心理・西洋占星術・暮らしから学んだことを発信中。片頭痛が改善へ。食いしばり対策中。📝noteマネー9度掲載。同じ場所にいる誰かへ。

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