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【風まかせ文芸部】『金木犀』【ホラー】

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    ようこそ、皆さま!セイウチです。

    今日も波打ち際を歩いていたら、橙色(だいだいや)に透き通るガラス瓶がひとつ、打ち上げられていました。

    ​中に入っていたのは、甘く切ない金木犀(キンモクセイ)の香りが残る、あるひとつの古い手記です。

    ​アナタは「神隠し」というものを信じますか?

    時間の波に流されてしまった誰かの記憶……どうぞ、温かいコーヒーでも片手にお読みください。

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    ​山の麓にある広場で遊ぶのが、毎日の日課だった。
    九月中旬の風はまだ夏の暑さを残していたが、その日はふっと、胸の奥まで届くような甘く爽やかな香りが漂ってきた。

    ​香りに引き寄せられるように奥へ足を進めると、木々に隠れるようにして古びた鳥居が佇んでいた。
    くぐり抜けた先は、時が止まったかのように静まり返った苔むした境内。
    その中央に、鮮やかな橙色の小花を無数につけた、大きな金木犀の木が立っていた。

    ​あまりにも良い香りだったので、お母さんにも届けてあげたいと思った。
    枝を一本折り取り、大切に胸に抱えて鳥居をくぐり抜ける。

    ​その瞬間、あたりの空気が一変した。
    さっきまで差し込んでいた陽光が消え、立ち込めるような濃い霧が視界を奪う。
    振り返っても鳥居の影すらなく、どちらが出口かもわからない。
    完全に道を見失ってしまった私は、その場にしゃがみ込んで泣き出した。

    ​「……それ、返してくれる?」

    ​静寂を割って響いたのは、鈴を転がすような澄んだ声だった。
    顔を上げると、そこにひとりの少女が立っていた。
    自分と同じくらいの背格好。
    けれど、その髪は雪のように白く、瞳は夕焼けを閉じ込めたように赤かった。

    ​少女は私の手にある金木犀を指差し、ふっと目を細める。

    ​「迷子でしょ? それを戻してくれたら、お家まで案内してあげる」
    「……うん、はい」

    ​差し出した枝を少女が受け取ると、ひんやりとした小さな手が、私の手を優しく包み込んだ。

    ​案内された帰り道は、知っているはずの山の風景ではなかった。
    見上げる空には二つの月が淡く輝き、足元では見たこともない光る苔が幽玄に道を照らしている。
    川のせせらぎは心地よい神楽鈴の音のようで、幻想的な景色に見とれているうちに、心の中の怖さはいつの間にか消え去っていた。

    ​やがてたどり着いたのは、霧の奥深くにひっそりと佇む、見たこともないほど立派な社(やしろ)だった。

    ​すっかり歩き疲れてしまった私は、重くなる瞼に抗えなくなる。
    少女は私を賽銭箱の脇まで連れていくと、そっと自分の膝の上に頭を乗せてくれた。

    ​頭を優しく撫でる温かい手。
    まるで母親に抱かれているような安心感の中で、あの甘い金木犀の香りが深く、深く、私をあたたかな眠りへと誘っていった。

    ​◇

    ​10年前に行方不明の女児を保護 当時の姿のまま 〇〇市の廃神社

    ​【〇〇】〇〇県警〇〇署は〇日、同県〇〇市内の山中で、10年前から行方不明となっていた同市居住の女児(発見当時17)を無事保護したと発表した。
    女児に目立った外傷はなく、命に別条はない。
    発見時、女児は行方不明となった当時の服装のままで、見た目も行方不明当時の姿から変化していないように見えたという。
    同署は発見当時の状況などについて慎重に調べている。
    ​発表によると、同日午前9時半ごろ、山林の巡回調査を行っていた地元森林組合の男性(54)が、休止状態にある旧神社(廃神社)の賽銭箱の傍らで横たわって眠っている女児を発見し、110番通報した。
    ​女児は2016年9月、当時7歳で自宅近くの山裾へ遊びに出かけたまま足取りが途絶え、警察や消防、地域住民らによる捜索が行われていたものの見つかっていなかった。
    ​発見時、現場となった廃神社の境内の足元には、時期外れとなる大量のキンモクセイの花びらが敷き詰められていたといい、女児は発見後まもなく目を覚まし、警察の保護を受けた。

    ​



    (了)
    ※この物語はフィクションです。
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    最後まで読んでいただいてありがとうございます!


    ​秋の訪れを告げる金木犀の香りはとても魅力的ですが、もし見慣れない場所で満開の木を見つけても、決して枝を折ったり持ち帰ったりしないでくださいね。

    少女にとっては夢のようなほんのひとときでも、こちらの世界では10年という歳月が過ぎていました。

    彼女を抱きしめた「お母さん」の気持ちや、置き去りにされた現実を想像すると、少し寂しく、恐ろしい気持ちになります。

    あなたの街の金木犀の影にも、二つの月が見える世界が繋がっているかもしれませんね。


    【i】さん今回も素敵な企画をありがとうございます!


    毎週火曜日に自分の作品を投稿、企画に参加させていただく時は不確定的に投稿しています!


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    寄せては返す波打ち際で、流れ着いたボトルメッセージを拾い集めるセイウチです。 ​ここに並ぶショートショートや日記は、すべて海が運んできた「誰かの漂流物」。 いつかあなたの心に届く言葉が見つかりますように。 ゆっくりしていってください。

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