
週末の朝、淹れたてのコーヒーとこの洋書があれば、英語学習は「趣味」に変わる
土曜日の朝、6時に目が覚めた。
カーテン越しに柔らかい光が入ってくる。家の中はまだ静かで、街も眠っている。コーヒーメーカーをセットして、ソファに腰を落とす。この時間だけは、誰にも邪魔されない。
テーブルの上には一冊の洋書が置いてある。栞の挟まったページを開くと、昨日の夜の場面の続きが待っている。
こういう時間が、いつからか週末の「ルーティン」になっていた。英語の勉強をしているつもりはない。ただ、続きが読みたいのだ。
「英語学習」という言葉の重さ
英語を学ぶ、という言葉には、どこか義務感が漂う。
TOEIC のスコアを上げなければ。会議で発言できるようにならなければ。海外出張の前に、もう少し準備しておかなければ。そういう「しなければならない」の文脈に、英語学習はいつも収まっている。
でも、考えてみると不思議だ。日本語の本を読むとき、「日本語の勉強」だと思って読む人はいない。面白い話の続きが知りたいから、読む。それだけだ。
英語も、同じになれるはずだ。そのための鍵は、文法書でも単語帳でもなく、「続きが読みたくなる本」を一冊見つけることだと思っている。
今回紹介するのは、そういう本だ。語学書ではない。物語だ。英語の難易度がちょうどよく、内容がおもしろく、週末の朝にコーヒーを飲みながら読むのにふさわしい4冊を選んだ。
社会不適合気味の主人公が、なぜか愛おしい
The Rosie Project(Graeme Simsion)
主人公のドン・ティルマンは、遺伝学の教授だ。頭は切れる。几帳面で、規則正しく、論理的だ。ただ、人間関係が壊滅的に苦手という問題を抱えている。
ドンはある日、「妻プロジェクト」を立ち上げる。科学的な方法で、自分に最適な結婚相手を見つけようというプランだ。詳細な質問票を作成し、候補者を効率的にスクリーニングしていく。当然、うまくいかない。
読み始めてすぐ、ドンのキャラクターに引き込まれる。彼の言動は客観的に見ればずれているのに、本人は大まじめだ。その「ずれ」が、笑えるのに切ない。物語が進むにつれて、ドンが少しずつ変わっていく様子を見ながら、気がつくとページをめくる手が止まらなくなっている。
英語としての難易度は、洋書の入門として申し分ない。文章はシンプルで、ドンの語り口が独特だが読みやすく、ユーモアが随所にある。知らない単語が出てきても、文脈で意味が取れることが多い。「辞書を引かずに最後まで読み切った」という体験をするのに、これほどふさわしい本はそうない。
オーストラリアのベストセラー作家グレアム・サイムシンによる作品で、シリーズ化もされている。ロージー・プロジェクト(The Rosie Project)の後、続編も出ているので、気に入ればしばらく楽しめる。
変わり者の女性が「普通」に見えてくる瞬間
Eleanor Oliphant Is Completely Fine(Gail Honeyman)
エレナー・オリファントは30歳で、グラスゴーの会社に勤めている。月曜から金曜は同じルートで出勤し、同じ弁当を食べ、職場の同僚とほとんど口をきかない。週末はウォッカを飲みながら一人で過ごす。それが「普通」だと思っている。
最初の数ページで、エレナーが世間とどれほど噛み合っていないかがわかる。言葉の選び方が独特で、人の気持ちを読む能力が明らかに欠けていて、その一方で奇妙に正確な観察眼を持っている。
だがこの小説の巧みさは、読み進めるうちにエレナーの「変さ」が気にならなくなってくることだ。いや、もっと正確に言えば、彼女がなぜそうなったのかが少しずつ見えてくるにつれて、「変わり者」という印象が「傷ついた人」に変わっていく。
後半の展開は、予測がつかない。それを読んで「ああ、そういうことか」と感じる瞬間は、かなりの読書体験だ。
英語は平易で読みやすく、エレナーの視点から語られる一人称の文章は、表現がシンプルなのにリズムがある。ガイル・ハニーマンの処女作で、イギリスでの年間ベストセラー上位に入った作品だ。
日本語版 エレノア・オリファントは今日も元気です(西山志緒 訳)
本を処方する船の書店主
The Little Paris Bookshop(Nina George)
モンシュールは、パリのセーヌ川に浮かぶ船に書店を構えている。彼の店には棚があり、在庫があり、値段がついている。ただ普通と違うのは、彼が本を「処方」することだ。客の様子を見て、話を聞いて、その人に今必要な本を選ぶ。
20年間、彼は南フランスからやってきた女性マノンのことを忘れられずにいた。ある日、彼女からの手紙を見つける。読んでいなかった手紙だ。彼はその手紙を読み、ついに動き出す。友人と船に乗り、彼女が最後に過ごした場所へ向けて川を下る旅が始まる。
この小説は、物語の面白さと同時に、「本が人を救う」というテーマを静かに、しかし確実に描いている。旅の途中で出会う人々と、選ばれた本たちが交差する構成が美しく、文学的な読書体験を求める人に向いている。
ドイツ語原作をサイモン・パレが英語に翻訳した作品で、英語訳は比較的自然な現代英語で書かれている。旅の情景描写が豊かで、知らない単語が出てきても場面が目に浮かぶので、読み進める感覚は意外と軽い。ニナ・ゲオルゲはドイツを代表する人気作家だ。
週末の朝にコーヒーを飲みながら読むとしたら、この本の雰囲気が一番合うと思う。本屋を愛する人が書いた、本を愛する人のための物語だ。
60代の英国紳士が、人生を取り戻すまで
Major Pettigrew's Last Stand(Helen Simonson)
メジャー・ペティグリューは、イングランドの小さな村に暮らす定年後の元陸軍少佐だ。礼儀正しく、伝統を重んじ、毎朝同じ時間にお茶を飲む。彼の人生に、大きな波風は立ちそうにない。
弟が急死し、弔問に訪れたパキスタン系の女性店主ジャスミナと言葉を交わすところから、物語は動き出す。二人は共通の話題を見つけ、少しずつ距離が縮まっていく。しかしペティグリューの息子や村の人々は、その関係をよく思わない。
この小説のすごさは、読んでいて「いい話だな」という感覚が自然に続いていくことだ。劇的な展開があるわけではない。ただ、ペティグリューが少しずつ変わっていく。偏見と向き合い、周囲の目を気にしながらも、自分の感情に正直になろうとする過程が、丁寧に描かれている。
英語は上品だが難解ではなく、イギリス英語特有の表現やユーモアが散りばめられている。イギリス文化の文脈が随所にあるため、「読みながらイギリスを知る」体験も得られる。ヘレン・サイムシンのデビュー作で、ニューヨーク・タイムズのベストセラーにもなった。
派手さがないぶん、じっくりと物語に浸れる。1週間かけて少しずつ読み進めるのに向いた本だ。
「英語の勉強」が消える瞬間
4冊を選ぶにあたって意識したのは、「英語が壁にならない本」であることだ。
洋書を読んでいて、英語が「意識」に上がってくる本がある。知らない単語が多すぎて、文章の構造が複雑すぎて、理解するために頭を使いすぎる。そういう本は、途中で読む気が萎える。「英語の勉強」をしている感覚が前面に出てきてしまうからだ。
逆に、英語が透明になる本がある。言葉を通り越して、場面がそのまま見える。キャラクターの声が聞こえる。知らない単語があっても、文脈で意味が推測できるから、読む流れが止まらない。
それが「英語が趣味になる」感覚の正体だと思っている。英語を「読んでいる」のではなく、物語を「体験している」感覚に切り替わる瞬間がある。その瞬間をどれだけ早く経験するかが、洋書継続のカギだ。
今回紹介した4冊は、それぞれ難易度も雰囲気も違う。どれか一冊、週末の朝に開いてみてほしい。コーヒーが冷める前に、続きが読みたくなっているはずだ。
どれから始めるか迷ったら
ユーモア小説が好きで、とにかく読みやすいものから入りたいなら、The Rosie Project を最初の一冊にするといい。
人間の感情を深く描いた物語が好きで、少し読みごたえがほしいなら、Eleanor Oliphant Is Completely Fine が合う。
旅や本屋の雰囲気、フランスの川の情景が好きなら、The Little Paris Bookshop を。
静かなイギリスの田舎で、人生の後半に向き合う主人公の物語が好きなら、Major Pettigrew's Last Stand を選んでほしい。
英語のレベルは、いずれも「完璧には理解できないが、読み続けられる」程度で問題ない。完璧に理解することが目的ではなく、物語を楽しむことが目的だからだ。わからない部分は飛ばしていい。大事なのは、次のページをめくりたいと思えるかどうかだ。
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著者プロフィール
国内外で10年超のキャリアを持つITエンジニア有志による読書ユニット。全員が多読を通じTOEIC 950超や駐在を経験。
「IT×教養」を軸に、技術書からノンフィクションまで、各メンバーが専門視点で厳選した洋書をレビューします。エンジニアが英語を武器にするための知見を共同発信中。