
ハロウィンの日に法事をしたら、不思議なくらい全部がつながった。
若僧の教訓話*44
投稿が遅れてすみませんでした。
色々とバタバタしておりまして…、
このタイミングだからこその素敵な記事ができましたので、
どうか最後までお付き合いください🙇♀️🙇♂️😏
今日は、10月31日。
ハロウィンです。
そして今日、私は一周忌の法要をお勤めしました。
ハロウィンと法事。
並べてみると、
なんだかまったく違う世界の話に見えます。
けれど今日、
その二つが不思議なくらいきれいにつながりました。
しかも、
そこには妻との何気ない買い物や、
今年始めた小さなお寺の取り組みまで関わっていました。
大げさな出来事ではありません。
でも、
今年一年を振り返っても、
私は今日という一日に、かなり心地よいものを感じました。
そんな一日の話です。
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🎃 そもそも、ハロウィンって何の日?
今では、
仮装をしたり、
かぼちゃを飾ったり、
子どもたちがお菓子をもらったり。
日本でもすっかりお馴染みになったハロウィン。
そのルーツには、古代ケルトの「サウィン」という季節の節目の行事や、その後のキリスト教文化の影響などがあるとされています。
10月31日は、
「諸聖人の日」の前夜、
All Hallows’ Eve。
そこから、
Halloweenという名前になっていったとも言われています。
現在のハロウィンとは形が大きく違いますが、
もともと「季節の境目」や「死者・霊」とも関わりの深い日だったようです。
そう考えると、
お盆や法事とはもちろん別の文化ではありますが、
「亡き人を思う」というところに、ほんの少しだけ重なるものを感じなくもありません。
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🌼 コメリで見つけた「ハロウィンマム」
先週。
妻と一緒に、兼務しているお寺で必要な物を買いにコメリへ行きました。
いろいろ買い揃えて、
会計を済ませたあと。
ふと、
妻と二人で足を止めたものがありました。
鉢植えの菊です。
札には、
「ハロウィンマム」
と書かれていました。
マムとは、菊のこと。
ガーデンマムと呼ばれる、
鉢いっぱいにこんもりと花を咲かせるタイプでした。
まだほとんど蕾。
緑色の鉢に、
小さな蕾がぎっしりついています。
「これ、全部咲いたらすごそうだね。」
「ブロッコリーみたいに、半円にモコモコ咲いたら可愛いね。」
そんな話をしながら、
二人で購入しました。
この時は、
ただ、
二人で花が咲くのを楽しみにしていただけです。
それ以上でも、それ以下でもありませんでした。
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🪴 なんとなく、お寺へ持っていった
昨日の夜。
翌朝早くから兼務寺で用事があったため、
私は前泊することにしました。
その時、
ふと、
ハロウィンマムをお寺へ持っていこうと思いました。
「せっかくだから、檀家さんにも成長を見てもらえたらいいな。」
「玄関に少し彩りがあってもいいな。」
そんな程度です。
正直、
翌日がハロウィンだから、
狙って持っていったわけではありません。
玄関へ置きました。
そして今日。
朝から、とてもいい天気。
日差しをいっぱい浴びたハロウィンマムは、
まだ満開ではないものの、
緑色の蕾の間から、
少しずつオレンジ色の花を覗かせていました。
「おお、出てきた。」
なんだか嬉しくなります。
そして、
今日の一周忌に来られたご家族も、
いつもはない玄関のお花へ目を向けてくださいました。
その瞬間、
私は妙に嬉しかったんです。
この花を、
妻と買った。
今日、
ここへ持ってきた。
そして、
最初に咲き始めた姿を、
今日来られたご家族が見てくださった。
ただそれだけのこと。
でも、
なんとも言えない心地よさがありました。
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📿 法事は、何のためにするのだろう
一周忌のお勤めが終わったあと。
私は、ご家族へ少しお話をしました。
法事とは、
亡くなった方を思い、
生きている私たちが時間を合わせ、
手を合わせ、
心を合わせる時間でもあります。
お経を読み、
香を焚き、
故人様の安らぎを願う。
仏教には、
「回向」
という考え方があります。
自分が積んだ善い行いや功徳を、
自分だけのものにせず、
他者へ振り向けていくという考え方です。
法事も、
故人様のために善い行いをし、
その功徳を手向ける時間の一つだと私は考えています。
もちろん、
「これをやったから良いことが返ってくる。」
という取引ではありません。
お経を読んだから、
急にお金が増えるわけでもない。
後悔が全部消えるわけでもありません。
それでも、
誰かのために手を合わせる。
誰かのために時間を使う。
その行為そのものが、
今を生きている自分の心にも何かを残していく。
私は、そんな時間なのだと思っています。
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🍬 だから私は、法事のあとにお菓子を配っている
そして今年の2月から、
私のお寺では、
法事のあとに、
「喫茶去BOX」
というお菓子箱を出しています。
子どもも大人も、
好きなお菓子を掴み取ってもらう。
最初は、
「お寺でこんなことしていいのかな。」
と少し勇気が必要でした。
でも、
思い切って始めました。
法事は、
もちろん大切な仏事です。
ただ、
緊張したままお寺へ来て、
緊張したまま帰っていただくより、
最後にほんの少しでも、
「なんか今日、よかったね。」
と思っていただけたら嬉しい。
そんな思いで始めたものです。
そして、
今日。
10月31日。
ハロウィンです。
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🎃 「トリック・オア・トリート」
法事が終わったあと、
ふと思いました。
玄関には、
ハロウィンマム。
そして、
法事のあとには、
お菓子BOX。
今日、
10月31日。
あれ。
全部ハマってる。
「トリック・オア・トリート!」
お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ。
もちろん、
ご家族にいたずらをされては困りますが(笑)
こんなにハロウィンに似合う法事の日も、
なかなかない気がします。
そのことをお話すると、
ご家族も笑ってくださいました。
ハロウィンマムがあって。
お菓子があって。
今日が10月31日で。
その日に、
一周忌の法要があった。
なんだか、
全部が少しずつつながっていきました。
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🧩 一つ違えば、今日の景色はなかった
考えてみれば、
今日の景色は、
本当にたくさんの偶然でできています。
妻と出会っていなかったら。
妻がお花を好きでなかったら。
あの日、
コメリへ行っていなかったら。
ハロウィンマムが売っていなかったら。
私たちより先に誰かが買っていたら。
購入しても、
お寺へ持ってきていなかったら。
今年2月、
喫茶去BOXを始めていなかったら。
今日、
このご家族が法事をお願いしてくださらなかったら。
私ではなく、
父がお勤めしていたら。
どれか一つ違うだけで、
今日の、
玄関のオレンジ色も、
法事のあとのお菓子も、
「今日ハロウィンですね。」
という会話も、
ありませんでした。
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🌱 噛み合わない日ばかりではない
毎日の生活は、
そんなにうまくはいきません。
予定どおりにいかない。
人とすれ違う。
雨が降る。
失敗する。
「なんでこんな日に。」
と思うこともあります。
むしろ、
そういう日の方が多い気もします。
でも、
たまに。
驚くほど、
いろいろなものが、
ガチッと噛み合う日があります。
今日の私にとっては、
まさにそんな一日でした。
何か大きな成功をしたわけではありません。
特別な奇跡が起きたわけでもありません。
ただ、
一つ一つの小さな出来事が、
後になって振り返ると、
「全部ここにつながっていたんだな。」
と思える。
そんな日でした。
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🍀 ご縁というものは、あとから気づくのかもしれない
仏教では、
さまざまなものが、
いろいろな条件や関わりによって成り立っていると考えます。
一つだけで存在しているものはありません。
今日の法事もそうでした。
妻。
花。
コメリ。
檀家さん。
お菓子。
法事。
ハロウィン。
私。
一つ一つは、
まったく別のものです。
でも、
今日という一日の中では、
全部がつながっていました。
ご縁というものは、起きている最中には分からず、あとから振り返った時に初めて見えるものなのかもしれません。
私は今日、
そんなことを思いました。
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🍵 あとがき
今日という日を作ってくださった皆さんへ。
一周忌をご依頼くださったご家族。
コメリにハロウィンマムを置いてくださった方。
私たちが買うまで、
そっと売り場に残してくださった皆さん(笑)
「これ買おうよ。」
と言ってくれた妻。
「お寺へ持っていこう。」
と言ってくれた妻。
そして、
今年2月。
「お寺でお菓子の掴み取り、やってみよう。」
と、ちょっと勇気を出した自分。
全部が今日につながりました。
ハロウィンなのに法事。
法事なのにお菓子。
お寺なのにハロウィンマム。
一見、
ちぐはぐです。
でも今日は、
そのちぐはぐさが全部、
とても心地よく感じられました。
今日でなければ、
書けない記事でした。
2026年10月31日。
私にとって、
今年一番と言っていいくらい、
「ご縁って面白いなぁ。」
と思えた一日でした。
来年のハロウィンに、
このハロウィンマムがまた咲いてくれたら。
きっと私は、
今日の一周忌を思い出すのでしょう。
それもまた、
なんだか素敵だと思います。
ありがとうございました。
若僧の教訓話シリーズ、そして喫茶去BOXについての記事のリンクを貼っておきますので、
お時間余裕のある方、どうぞ気楽に読んでいただけましたら嬉しいです☺️