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Photo byyoshizuka

【CLOSE YOUR EYES】 ②

    太平洋戦争は、1941年から1945年まで行われた戦争であり、第二次世界大戦の局面の一つである。戦時中の日本側における呼称は「大東亜戦争」であった。 日本などの枢軸国とアメリカ、イギリス、中国などの連合国の間で行われた戦争であった。

    Googleより

    勝つ自信がないのに戦争を始めた日本


    1941年、日本軍がハワイ真珠湾の米軍の施設を襲撃し、太平洋戦争が始まりました。


    当時の日本は敵対するアメリカから石油の8割を輸入していて、備蓄量が2年分もなかったため、「勝つ見込みはないが、戦争を始めるなら今しかない」と判断したのです。


    このとき、内閣総理大臣に就任したのが陸軍大臣の『東条英機』です。


    しかし実は、東条英機は、戦術に長けた軍人というより文書を扱うのが得意な官僚で、行きがかり上、総理になった人でした。


    『戦争を終わらせたのは本当に原爆?』


    太平洋戦争で戦局が悪くなると、陸軍と対立していた海軍が「東条降ろし」をして、1944年に内閣が倒れます。


    歴史では1945年8月に広島・長崎に原爆が投下されて終戦を迎え、日本は新しい国家に生まれ変わったとされています。


    原爆投下については、米軍でも反対する声がありましたが、日本の本土決戦で自国の兵士の命が奪われるのを避けるため、そして、ライバルのソ連(現・ロシア)に軍事力を見せつけるために、実行されたと言われています。


    しかし、終戦のきっかけは、原爆投下だけではありません。


    当時、日本はソ連をパイプ役にして、戦争を話し合いで終わらせようとしていました。


    しかし、1945年7月にソ連が参戦して敵側にまわってしまったため、手立てがなくなってポツダム宣言を受諾したのです。


    日本の戦前・戦後はつながっている


    戦後、国際裁判で、昭和天皇に戦争責任が及ぶのを避けるために、日本の保守層は「昭和天皇は何も知らなかった」「東条は日本のヒトラーで、陸軍は日本のナチスだ」という印象を与えました。


    連合国側は「事実ではない」と察していましたが、日本の体制が崩れて共産化するのを恐れて黙認したのです。


    昭和天皇が在位し続けたことは日本の戦前・戦後が連続している象徴で、戦後の日本は「論理」によってつくられた国家とも言えるのです。

    現在は、日本でも多種多様化になり、いろいろな海外の方々が訪れる観光スポットとなり、あらゆるところで見かけます。


    しかし、現在の平和な日本があるのも、散った若き隊員たちのお陰であることも、確かです。


    私が、記事を記載するのも、悲惨な戦争を、忘れては、ならないと思い、筆を執ることにしました。


    現在は、SNSの普及により、さまざまな、デジタルツールにより、さまざまな、コミュニケーションが、可能になりました。


    その反面、リスクもありますし、詐欺やなりすまし、または、想定外の案件もあります。

    いつも心だけは、『善』でいたいものです。

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    【第二部】【クリエイターさまの記事】

    ここからは、順不同にての紹介となります。

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     Photo & philosophy donchan


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    1962年生まれ・還暦過ぎ 20代で経営哲学に出会い、松下幸之助・稲盛和夫・本田宗一郎・盛田昭夫の本を暗記するまで読み込んだ人生の遠回り組 一度は鬱で人生のどん底に落ち、そこから哲学と筋トレで復活。60代からでもいける。 50代・60代の"もう一度立ち上がりたい人"へ。

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