
美容から保険診療には戻れない〜高須動画が触れなかった出口〜
高須幹弥先生の「今、美容クリニックの赤字・倒産が急増している件について解説します」が、20万回再生を超えている。8月22日の公開だ。
4月から8月にかけて、経営の良くないクリニックが目立つようになった。大手も分院を閉め始めている。指名が入る医師とそうでない医師で、予約表の埋まり方がはっきり分かれた。動画の要旨はそこにある。
高須クリニックは直美を採用しない方針を取っている。この動画は、雇わない側の経営者から出た発言だと押さえておきたい。春にも同じ先生の直美批判動画を扱ったが、あのときの論点は「質」だった。今回は「数」の話になっている。
4月に何が施行されたか
制度の側は、動いてはいる。
2025年12月に医療法等の一部を改正する法律が成立し、これを受けた改正健康保険法が2026年4月1日に施行された。保険医療機関の管理者(院長)になるには、臨床研修の修了に加えて、保険医としての3年以上の診療経験が要る。合わせて5年。
ただし射程は狭い。自由診療だけを行うクリニックの管理者と、美容クリニックの勤務医は対象外だ。制限されたのは「直美キャリアのまま保険医療機関の院長になる道」であって、直美そのものではない。
経過措置もある。施行日の時点ですでに管理者を務めている医師には2029年3月末までの猶予が付き、施行日時点で臨床研修を修了している医師には別の扱いが用意されている。すぐに効く作りにはなっていない。
4月、自分はこの規制について「実効性はほぼない」と書いた。保険診療には請求内容をチェックする審査支払機関があるが、自費診療にはそれがない。立入検査を担う保健所に、乱立するクリニックを回る人員も予算もない。書いた判断は、いまも変えていない。
保険側にも手は打たれた
2026年度の診療報酬改定は、本体部分が+3.09%だった。薬価等の引き下げを含めたネットで+2.22%。本体3%超は1996年度以来になる。
それでも赤字は減っていない。厚労省の医療機関等情報支援システムの速報値では、令和6年度決算を報告した医療法人立の2,098病院のうち、経常赤字が49.4%、医業赤字が59.7%だった。提出率は57.8%なので確定値ではない。大学病院に目を移すと、全国医学部長病院長会議の集計で経常赤字が前年度の168億円から508億円へ広がっている。6病院団体が2024年改定後に行った調査でも、医業赤字の病院が69.0%、経常赤字が61.2%にのぼった。
改定率の中身も見ておく必要がある。今回の増収分は賃上げに紐づく要件が多く、入った金額が人件費へそのまま抜けていく。手元に残る形の増収ではない。3.09%は物価と人件費の上昇に追いついた分で、そこから先の余裕は出ていない。
外科の手術はもともと赤字構造で回っている。外保連試案の2022年度改定時点のデータでは、人件費だけで診療報酬点数を超える手術が2,896件、全術式の91.0%にのぼる。ガウンや縫合糸など請求できない材料費だけで点数を超える手術も394件、12.4%ある。心臓外科のトップが自由診療クリニックの代表理事に就く事態も、この数字の延長線上にあった。
高須先生も動画で同じことを言っている。インフレでコストは上がるのに、保険点数は上がらない。だから内科でも外科でも精神科でも麻酔科でも、美容に来る。
止めたのは制度ではない
供給が需要を追い越した。動画の核心はここだ。
美容医療を受けたい人は増えている。それは高須先生も認めている。だが美容の医師が増えるペースのほうが速い。直美は年300人から400人ではないかと同氏は動画で述べていた。医師国家試験の合格者は第120回で9,139人。加えて形成外科の専門医を取ってから来るキャリア組、形成を1〜2年かじって移る医師、皮膚科から来る医師がいる。
そこに医師以外の参入が重なった。ファスト美容と呼ばれる形態で、ナースが行うレーザーや弱い出力の機器を安く大量に回す。**医師は管理者としてその場にいればいい。**脱毛と同じ道をたどって価格競争になり、利益が消える。
真面目に症例写真を出す医師が、加工した写真を出す医師に集客で負ける、という話も動画に出てくる。技術のある医師が負ける。
制度が入口を締めるより、相場のほうが先に壊れた。
戻り先はあるが、戻る道はない
動画の終盤に、こういうくだりがある。赤字のクリニックは閉まる。そこで働いていた医師には、他の科をやってくれ、バイトをやってくれ、ニートをやってくれ、と言うしかない。あるいは保険診療の世界に戻ってください、人手不足の保険診療は特に地方にたくさんありますから。
ここは違うと思う。
戻れない。