
ヒアルロン酸の添付文書は日米で違う〜遅発性が消える段落〜
前回、ヒアルロン酸のしこりが年単位で遅れて出てくる話を書いた。同じ遅発性を、今度は体の中ではなく文書の側から見ている。
ヒアルロン酸フィラーは製品名で売られている。ジュビダームビスタもその一つで、製造販売はアッヴィ合同会社、日本では八品目が承認されている。しわや溝に使うもの、顔のへこみに使うもの、唇に使うもの。目的ごとに製品が分かれる。
そのうちの一つ、ウルトラXCを唇に入れることは、日本では適応外にあたる。米国の同じ製品は、唇への使用が承認されている。作っている会社も、シリンジの中身も同じだ。
米国で医師向けに配られる製品説明書、Directions for Useは2023年5月改訂。日本の添付文書は2023年8月作成の第1版。片方が古いから差がついた、という話ではない。
唇は適応外
日本の添付文書は、ウルトラXCの使用目的をこう定めている。顔面の中等度から重度のしわや溝を修正するため、真皮中層部から深層部に注入する。そのうえで、口唇と眼瞼への使用、隆鼻術は適応に含まれない、と続く。
米国は違う。しわと溝への注入に加えて、21歳以上の成人の口唇および口周囲への注入による口唇増大が、適応として明記されている。213例が無作為化され、157例に本品を注入した口唇増大の臨床試験が実施されている。
その試験データごと、日本の適応からは外れている。
同じシリーズの中でも扱いは割れる。ウルトラXCの承認番号は22700BZX00139000、承認は平成27年4月で、唇は適応外。ボルベラXCは23000BZX00331000、平成30年10月承認で、口唇粘膜内および皮下への注入による口唇増大が適応に入っている。三年半のあいだに、唇に使える製品と使えない製品が同じブランド名で並ぶことになった。
日本の美容クリニックで唇にヒアルロン酸を入れる施術は珍しくない。使われた製品がウルトラXCなら、それは適応外使用になる。適応外使用そのものが違法というわけではない。添付文書に従っていた、という説明が成り立たなくなるだけだ。
米国にだけある段落
米国DFUの有害事象の項の末尾に、独立した記述がある。
遅発性の炎症はフィラーに伴う既知の有害事象である。ウイルスや細菌による疾患・感染、ワクチン接種、歯科処置のあとに、注入部位で遅発性の炎症が生じたという報告がある。
引き金が名指しされている。歯石除去を受けた数週間後に頬が腫れて受診した患者を前にして、この一文を読んだことのある医師なら、何年も前の注射まで遡れる。
日本の添付文書に、この段落はない。ウルトラXCの日本語版には、遅発性という語そのものが出てこない。
代わりに書かれているのは短期の話だ。軽度から中程度の注入による反応は通常2〜3日で消える。注入直後から一過性、7日以内の炎症を伴うことがある。
7日。
米国の警告欄も、同じ7日を書いている。ただし続きがある。しわと溝では7日以内、口唇では通常14日以内、と部位を分けて書かれている。日本語版に14日の記載がないのは、唇がそもそも適応に入っていないからだ。適応の差が、そのまま説明文の差になっている。
前の三本では、施術医が現場にいない状況を扱ってきた。海外で何を入れられたか分からないまま帰国する空間の隔たり。数年前の注射が原因だと誰も思い至らない時間の隔たり。そこに三つ目が重なる。同じ製品の説明が、言語をまたぐと薄くなる。