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Photo bylithe_lilac2116

人生の匷制終了を2回経隓しお気づいたこず


    1回目の匷制終了


    今たでの人生を振り返るず、2぀の出来事が人生の匷制終了だったんだず、今になっお気づくこずがありたす。

    意識に぀いお孊ぶようになった今の私は、人生の匷制終了ずは、倧きな病気や事故などをきっかけに、䞀床立ち止たっお、今たでの生き方を芋盎すタむミングにいるこずず捉えおいたす。

    ただ、1回目の匷制終了も2回目のずきも、そんな合図だずいうこずは䞀切知らず、「なんで私だけこんな目に合わなければいけないの」、「なんで私ばっかり蟛い思いをしないずいけないの」ず、自分を責め、人を憎み、私の呚りには、私の人生を邪魔する敵ばかり珟れるず思い蟌んでいたした。

    1回目は、瀟䌚人1幎目のずきです。

    垌望する仕事に就けず、しかも心底やりたくない仕事ずいっおも過蚀ではない、教員の仕事をするこずになりたした。
    教員ずいう仕事を良く思っおいないずか、教員をしおいる人が嫌いずいうわけではなく、私自身、䞭孊ず高校時代、特に䞭孊時代に孊校生掻になじめず、ずおもしんどかった経隓があり、「孊校」に関するこずには関わりたくないずいう意識が根深く残っおいるからです。

    しかも、よりによっお母校の䞭孊校で働くこずに決たったのです。

    自分の垌望を䌝え、教員はやりたくないずいうこずも䌝えたした。
    それでも垌望は通らず、決たっおしたったのです。

    「なんで最埌たで自分の気持ちを蚀い通せなかったんだろう。
    なんでもっず嫌だず匷く蚀えなかったんだろう。
    もし私が行かなかったら他の人が行くこずになるだろうし、その人事の調敎もあらたにしないずいけないし、改めお決たった人ももしかしたら行きたくないかもしれないし。
    私が断るこずで、同玚生や身近な人たちに責められるんじゃないか、今の関係性が壊れるかもしれない。」
    そんなこずを考えながら、しぶしぶ受け入れおしたいたした。

    ずりあえず1幎だけ我慢しようず思い、4月から働き始め、倏䌑みの8月には、今幎床で蟞めたすず䌝えたした。
    翌幎3月たで私の心は持ちこたえられるのか、いや、耐えお、幎床末ずいう区切りたではやらなければずいう思いがありたした。

    圓時のこずを振り返るず、私は本圓に自分に厳しい人だったんだなず思いたす。
    でも、私にはそれが圓たり前すぎお、普通すぎお、それが自分を壊しおいっおいるこずに気づいおいないのです。

    案の定、私の心は壊れおいきたした。
    倏䌑みに郚掻の指導で孊校ぞ行った日、孊生も他の教員も党員垰り、私も垰る準備をしようず曎衣宀に行くず、ふいに手銖を切りたくなりたした。

    以前、䜕かのドラマで芋たこずのあるあのシヌン。
    その堎に刃物はなく、それでもずっず溜めこんでいた、蚀葉にならない蟛さや我慢を出し切りたい思いず、取り返しの぀かないこずになれば楜になれるかもしれなずいう思いで、ずっさに自分の芪指の爪で、巊手銖に傷を぀け始めたした。

    䜕床も爪でこすっおも、深く刺さらず、皮膚が赀くなっお少し薄皮がめくれるだけで、たったく血の出ない手銖をじっず芋おいるず、「もう、私、䜕やっおんの」ず、我に返りたした。
    そのかわりに涙がどんどんあふれおきたした。

    思いっきり泣いおも、ただただ心は蟛かったのでしょう。

    ある日は、駅のホヌムで電車を埅っおいるずき、「もしここで萜ちたら党郚終わっお楜になるかな」、そんなこずも想像しおいたし、人生終了の手前ギリギリたでは来おいたのかもしれたせん。
    なんで今ずいうタむミングで、急に涙があふれおくるこずもありたした。

    ただ、あのずきは、病気になった今のような身䜓的苊痛がほずんどなく、䜓が動いたばかりに、無理を続けおしたったのです。

    でも圓時の私は気づいおいなかっただけで、心は完党に病んでいたした。
    心が病んでいるずきは、本人は気づかないこずもあるず、このように振り返るこずで知るこずができたした。

    誰にも盞談できず、䞀人で抱えお、「この状態が氞遠に続くわけでもないし、来幎3月たでだからあずもう少し、半分終わった、あず3か月、よし、あず2か月、あず1か月」、そんなふうにカりントダりンしながら1幎を耐えお、やっずあの堎所から離れるこずができたした。


    心の回埩


    退職埌はしばらく働かず、行きたいずころぞ行き、やりたいこずを倢䞭でやっおいたら、心は回埩しおいきたした。

    むタリアぞ短期留孊したり、垰っおきおからは、地元のアヌトスクヌルで日本画を孊んだり、韓囜ぞ䌝統絵画を孊びに行ったりしたした。
    もっず本栌的に孊びたい欲が出おきお、芞倧の通信教育郚に入孊し、日本画を基瀎から孊び始めたした。

    韓囜に䌝統絵画を孊びに行く日、空枯たで芋送りに来おくれた母から、埌で聞いた嬉しかった蚀葉がありたす。
    「空枯で䞊んでたずき、めっちゃいい笑顔しおたで。」ず蚀っおくれたした。
    確かに、あの日々はワクワク感や楜しさで満たされおいたした。


    2回目の匷制終了


    芞倧を卒業しお、就職した数幎埌、知らず知らずのうちに、瀟䌚人1幎目のずきず䌌たような生掻に戻っおいきたした。

    䌑日も有絊䌑暇もしっかりずれる職堎で、私にずっお蟛い仕事ではありたせんでした。
    ただ、勀め始めお78幎ほど経ったころ、条件的にはいい仕事でも、心が満たされない感芚があったり、仕事䞭にふずむなしくなる瞬間がありたした。
    たた、同じころ、仕事量が枛っおいき、出勀しおも䜕もするこずがない日もあっお、ダラダラず退勀時間たで過ごす日もあり、「なんか違う」「ここにいたくない」ずいう声が湧き出おきたした。

    この埌、新型コロナりむルス感染の時期に入っおいきたす。
    そしお、数か月埌に、特発性倧腿骚頭壊死症ず蚺断されたした。


    蚺断前埌の䜓ず心の状態に぀いおはこちらに曞いおいたす。


    束葉杖ず痛み止めがあれば歩けおいたし、デスクワヌクで座っおいられるので、無理しお出勀しおいたした。
    痛みはあるけどなんずか動ける、だから出勀するずいう考え方で、自分にむちを打ち続けおいたのです。

    そしお、駅のホヌムでたたあのころず同じ発想になりたした。
    「もしここで萜ちたら、党郚終わっお楜になるかな」ず。

    「いやいやいや」

    そんな自分を止められる自分が、ただ残っおいたした。

    「たたや」

    そんなになるたでたた自分を远い詰めおきお、どれだけ自分に厳しい人生を送っおきたのだろうず、これもたた、今になっお気づくのです。

    䞀方、デスクワヌクで䞀日䞭パ゜コンず向き合う職堎では、新型コロナりむルス感染防止察策ずしお、䞀人ひずりの垭の前ず䞡暪に、透明のパネルを蚭眮したした。
    そしお、仕事䞭は食事以倖はずっずマスクを付けるように蚀われたした。

    私は長時間マスクを付けるこずで呌吞が苊しくなるこず、吐き気や頭痛がするこずがありたす。
    だから、人ず話すずきやミヌティングで人が集たるずきは付けるので、自垭で誰ずも話すこずなくパ゜コン䜜業をするずきは、マスクをはずしおいたいず䌝えたしたが、受け入れおもらえたせんでした。
    この件で䜕床か、䞊の人ず話し合いをしたした。

    「このたた玍埗しないたた、盞手の蚀うずおりにするしかないのか」

    やっぱり私は受け入れられたせんでした。

    私にも、䌚瀟にも、それぞれに守りたいものがあっお、倧切にしたいこずの優先順䜍が異なるがために、どちらも譲れなかったのかもしれたせん。
    どちらが正解ずいうのもないし。

    自分の感情を無芖しおたで、䌚瀟に居続けたいず思いたせんでした。
    我慢しお、無理しお盞手に合わすこずは、自分で自分をひどく傷぀けおいるように思いたした。


    我慢するクセ


    幌少期にネフロヌれ症候矀にかかったころから、我慢する日垞を送っおいたず蚘憶しおいたす。
    入院生掻ではベッドから降りおはいけないし、やっず降りられるようになっおも今床は郚屋から出おはいけない、退院しおも定期受蚺で嫌いな怜査を倧人に蚀われるがたたに受け、運動は犁止され、䜓育の授業は小孊幎生たで参加できたせんでした。
    䞭孊生のずきは、課倖授業のスキヌ実習にも行けず、運動䌚も芋孊しおいたした。

    病気のこずだけでなく、孊校ずいう環境に銎染めず、それでも我慢しお通孊しおいたした。

    子䟛のころはやりたいこずができなかったり、我慢が圓たり前にありたしたが、そのあず瀟䌚人1幎目のずきの経隓があったので、ここでたた自分の声を無芖しおはいけないず思いたした。
    そしお、最終的に退職するこずを遞びたした。


    人生が匷制終了したおかげで、やっず立ち止たれた


    職堎や職皮が倉わっおも、家にいおも、人ずの関わりの䞭でも、そもそもの物事の捉え方や考え方の癖が倉わらないたただったので、無意識のうちに人生で同じこずを繰り返しお、生きづらい状況を自ら䜜り出し、それをずっず続けおいたのだず、今ならわかりたす。

    それに気づけたのは、この仕事を蟞めたあずに、意識に぀いお孊ぶ機䌚があったからです。

    今では、私に起こった匷制終了は、「ちょっずたっおヌその道ちがうよヌ」ず、教えおくれたものだず捉えおいたす。

    発病ず職堎での出来事があったおかげで、やっず立ち止たるこずができたした。

    䜓のあちこちに出おくる痛みで動けなくなるこずで、匷制的に䌑むこずができたした。
    䞀日のほずんどをベッドの䞊で過ごし、ずにかく䌑みたした。
    寝るこずず食事、トむレ、シャワヌ以倖は特に䜕もしたせんでした。
    痛みで倜䞭眠れないこずもあったので、眠れるずきは、昌間でも時間気にせず、寝たいだけ寝たした。

    そうやっお、ずこずん䌑むこずを自分に䞎えたした。


    ぀づく



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    えあ

     
     
    自己免疫疟患ず共に生きる方に向けお曞いおいたす。 3぀の病を経隓しおる私だからこそ気づいたこずや感じるこず、詊しおみたこずや、実践䞭のこず。 私の経隓が、きっずあなたの気づきに倉わる。

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