
【体験談】長編が書けない人間の生存戦略
長編が書けない。書いたことあるのは最長で5万字くらい。でも5万字って中編ぐらいの長さだよな。文庫本だと二本立てになる。
なので他人に長編を書けとも言えない。自分が苦手だから……。
なので短い文しか書けない私自身のことを深掘りし、生存戦略を記した。
SSはそれなりに需要がある
文章は長ければ長いほどよいということはない。
こと二次創作においては、短い文章の需要がそれなりにある。
理由は簡単で、長文を読むのが苦手な人がいるから。
人間によって好きな文章量は違うのでしょうがないのだ。
私も本好きなので10万字くらいは余裕で読めるが、100万字くらいになると読むのをためらう。飽き性だからである。大長編は読み途中になってるの多いなあ。
私は映画館でじっとしているのが苦手で、90分程度の映画しか見ていなかった時期がある。
その時期に「映画は長ければ長いほどいい」と言われたら何やねんこいつ?! となるだろうな。
飽き性の人間が大長編大好きな人をターゲットにしても仕方ない。同じ飽き性の人を狙おうと思っている。
長い小説のほうがハッピーエンドであってほしいという圧がかかる
長編は読むのに労力がかかる分、その結末がハッピーエンドであってほしいと望む人も多くなってしまう。
それはハッピーエンドを書くのが苦手な人間にとって重荷になることがある。
短編は読者が話に愛着を持つ前に完結させることができるので、結末の自由度が高いのだ。
バッドエンドでめちゃくちゃ長い小説というと『屍鬼』や『悪の教典』があるが、これらはジャンルがホラーなので最初からバッドエンド大丈夫な人しか読まない。
まとめ本は方向性を定める
私は何かにどハマリするとたくさんSSを書いてしまうが、それを本にまとめるときは何らかの方向性をつけることにしている。
過去には「推しCPが必ず別れる本」とか「両思いR18しか出ない本」とか「特殊性癖しか載せない本」とかを出した。
作品が多い人間だから成せるわざである。
こうした方が手に取ってもらいやすい気がする。統計を取ったわけではないので、経験則ではあるが……。
あと、私はドのつく雑食なので、何かしら方向性を持たせないと本当に何でも許せる人しか手に取れなくなってしまう。注意書きは長々書くのは好きではないのだが、コンセプトによって客を選ぶというのはお互いにとって利益があると思っている。
短編集というのはその短編の内容だけではなく、何を一緒に収録するかで評価されることがある。
たとえばアンソロジーは「編集の著作物」として扱われる。誰かのアンソロジーの作品の順番やまとめ方をそのままパクると著作権違反になる可能性がある。
異なる作品を何らかの共通性で並べ、そこに個性を見出すのは短編でしかできないことだ。
短い話だとフッ軽になれる
SSの便利さは書き手がフットワーク軽くなれるところだ。
長編は何ヶ月も付き合うことになるのでテーマや方向性をしっかり定める必要がある。「ああすればよかったかな」と思っても引き返しにくい。
SSだと評価が芳しくなければ「う〜ん次は違うネタにするか!」とサクッと切り替えられる。
人間は努力すると努力に応じた報いがあってほしいと願ってしまう。
長編を時間をかけて書くからこそ思うような評価を得られずに悩む面はある。短編をたくさん書いたほうが「評価は水物」「試行錯誤の試行が多いほうが見てもらう機会がある」と割り切れるところはある。
そもそもそこまで長編を書きたいか?
そもそも私はそこまで長編書くことに執着はないな、と気づいた。
自分が楽しんで書いてて読者さんも楽しんでくれるならそれ以上のことはないよね。
でも表現のひとつとして書けるようになったらいいなという気持ちはある。選択肢が増えるわけだしね。
そんな感じでやっております!
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