
ハウス5棟の環境を自宅から制御する――エオリカシステム開発記
農業DX挑戦シリーズ #03
この記事は、個人農家がIoT・クラウド・生成AIを活用してスマート農業システムを構築する実例を、理念から具体的実装まで体系的に発信する「農業DX挑戦シリーズ」の第3弾です。
前回の記事では、なぜ僕がシステム開発にハマるのか、その性格的な背景をお話ししました。今回は、具体的にどうやってシステムを作っていったのか――その開発の経緯と、今どんな機能が動いているのかを紹介します。
農研機構「通い農業支援システム」との出会い
「これ、自分でもできるんじゃないか?」
2024年の夏、僕はそう思いました。
就農初期に、農研機構の「通い農業支援システム」を導入して試験栽培をしていたことがきっかけです。オープンソースで利用できて、パーツを購入すれば自分でも組み立てられる。
センサーの値を取得すれば24時間ハウスの状態を記録できるし、リアルタイム監視も可能。それに制御の仕組みを組み合わせれば、換気制御なども自動化できるかもしれない――そう思いました。
ChatGPTとの対話で開発スタート
とはいえ、知識がなかった。
プログラミングの経験もないし、電子工作の知識もない。ラズベリーパイという名前は聞いたことがあったけど、触ったことはない。
でも、2024年の夏には、強力な味方がいました。ChatGPTです。
「ハウスの温度を測定して、スマホで見られるようにしたい」
「換気窓をモーターで開閉できるようにしたい」
こういった曖昧な相談を、チャットベースで投げかけていきました。
最初は何を聞けばいいかもわからない。返ってくる答えの半分も理解できない。でも、わからないことを「これはどういう意味?」と聞けば、丁寧に教えてくれる。
何もわからないところからのスタート。とても楽しく、試行錯誤しながら進めました。
農研機構の「通い農業支援システム」をベースに、独自改良を重ねて構築。オープンソースとして公開されている技術を土台に、自分の農業に合わせたカスタマイズを加えていく――この「既存技術+独自拡張」というアプローチが、開発の出発点でした。
開発に着手したのは、2024年の8月頃。ここから、僕のシステム開発の旅が始まりました。
(なお、2024年開発初期から2025年末頃までの開発環境の変遷は以下の記事にまとめております。よければぜひ御覧ください)

ハードウェアの調達と組み立て
まずは必要なパーツをAmazonで購入しました。
購入した主要パーツ
メインコントローラー
Raspberry Pi 4(通称:ラズパイ)
小型のシングルボードコンピューター
5V/3A電源、32GB SDカード搭載
自宅に設置し、システム全体の司令塔として稼働
ローカルコントローラー
ESP32マイコン × 3台
Wi-Fi内蔵の小型マイコン(動作電圧3.3V)
各ハウスの制御盤に設置
IEEE 802.11 b/g/n対応でワイヤレス通信
センサー類
SHT31/SHT41:温度・湿度センサー
土壌温度センサー、土壌水分センサー
自宅で木材の切れ端などを使って、簡易的にパーツを組み上げていきました。初めての電子工作。ブレッドボードにジャンパー線を挿していく作業は、レゴブロックを組み立てるような感覚でした。
初めてセンサー値を取得・表示できた瞬間
ある日、ブラウザを開いてアドレスを入力しました。
画面に、数字が表示された。
「温度:26.5℃ 湿度:68%」
たったこれだけの表示なのに、感動しました。
自分で組み上げたセンサーが、今この瞬間のハウスの環境を測定している。それがリアルタイムで画面に表示されている。
「これができるなら、次は制御もできるんじゃないか?」
温度が上がったら自動で換気窓を開ける。雨が降ったら自動で閉める。そんな仕組みが、自分でも作れるかもしれない。
そう思った瞬間から、開発の方向性が決まりました。

換気窓の遠隔制御への挑戦
通い農業支援システムで導入していたのは、センサーの設置とそのデータ取得まで。
でも、僕はとにかく換気の遠隔制御まで作りたかった。
換気窓を動かすには、モーターが必要です。Amazonで調べると、DCモーターが1台あたり約7,000円前後で販売されていました。
導入したモーター仕様
12V系(ハウス1-3):消費電力 39.6W/台、定格電流 3.3A、回転数 4rpm
24V系(ハウス4-5):消費電力 100W/台、定格電流 4.2A、回転数 3.8rpm
モーターを動かすには、モータードライバという部品も必要でした。SHIELD-MDD10やMDD10Aという型番のドライバを購入。最大10A、PWM周波数5000Hzで制御できるもの。
「開く」「閉じる」という単純な動作。でも、実際に作ってみると奥が深い。電圧、電流、回転方向、速度制御……考えることがたくさんありました。
なお、電気配線に関しては電気工事士の資格が必要です。僕は独学で第二種電気工事士を取得しており、自分でできる範囲の配線作業はすべて自分で行っています。DIYとはいえ、電気まわりは安全第一。資格の取得はこういった自作システムを運用するうえで、大きな助けになっています。

換気窓制御の実装奮闘記
ここからが、本当の苦労の始まりでした。
モータードライバを壊した話
複数回、モータードライバを壊しました。
ショート、設定ミス……原因は様々でした。配線を間違えて逆接続したこともあるし、電流の計算を間違えて定格が合わないこともある。
「バチッ」という音がして、煙が出る。
その瞬間の絶望感といったら……。
電子工作初心者の「痛い授業料」でした。失敗のたびにAmazonで追加注文する日々。「またこの家に配達か」と配達員に思われていたかもしれません。
でも、失敗するたびに学びました。
「電流ってこういうことか」「逆起電力ってこれか」「フリーホイールダイオードって大事なんだな」
教科書で読むより、実際に壊してみたほうが身に染みて理解できました。
AWS IoT Core設定の苦労
ハードウェアの苦労とは別に、ソフトウェア側でも壁がありました。
ESP32とラズパイをクラウド経由で通信させるために、AWS IoT Coreというサービスを使うことにしました。MQTTという通信プロトコルで、暗号化された安全な通信ができる。
苦労したというより、とにかく「理解が難しかった」というのが正直なところです。AWSで使えるサービスの幅広さ、証明書、エンドポイント――認証周りの用語や必要な設定は、見たことも聞いたこともない言葉ばかりでした。
でも、ChatGPTに手伝ってもらいながら進めると、設定作業そのものはそこまで難しくなかった。「このエラーはどういう意味?」「証明書の配置はどこ?」と聞きながら、一つずつクリアしていく。
大事にしたのは、「動けばいい」で終わらせないこと。実装して動かすことを優先しつつも、自分でも大枠をちゃんと理解しながら進めることを意識しました。
それにしても、個人農家がAmazonやGoogleのような大手のクラウドインフラを活用できる時代になったこと自体、すごいことだなと思います。数年前なら考えられなかった。テクノロジーの民主化に、素直に感謝しています。
換気窓制御完成の喜び
そして、ある日。
スマホの画面で「開く」ボタンをタップしました。
数秒後、机の上で仮配線していたモーターがゆっくりと開き始めた。
「動いた……!」
これで自宅のソファに座りながら、数キロ離れたハウスの窓を操作できるようになる。この可能性が広がる瞬間。感動は、なかなかに良いものです。
ハウス栽培では、季節に応じて換気窓の開閉をかなり細やかに行います。特に夏場は天気予報が外れることも多く、コンビニに休憩に出かけた途端にゲリラ豪雨が降り出し、天窓を閉めるために急いで戻る――そんなことも少なくありませんでした。
朝晩の管理もあるから、遠出もしにくい。休日でも「窓閉めたっけ?」が頭から離れない。
そういった日々の苦労を思い返すと、スマホひとつで窓を閉められるようになったことが、本当にありがたい。
1人で5棟のハウスを管理する僕にとって、これは大きな一歩でした。

自動化と全棟展開――もう一人の"目"を手に入れる
遠隔操作ができるようになったら、次は自動化です。
温度センサーのデータをリアルタイムで監視し、設定値を超えたらMQTTでESP32に制御コマンドを送る。ESP32がモーターを動かして、サイド換気を自動で開閉する。さらに、屋外に設置したTempest Weather Station(気象観測装置)と連携させ、雨を検知したら自動で谷換気を閉じる仕組みも作りました。急な夕立でも、システムが自動で対応してくれる。
システムを動かし続けるための仕組みも重要です。Wi-Fiが切れる、プロセスが落ちる、通信エラーが発生する……。そういったトラブルに自動で対処するNetworkMonitorという復旧システムを作りました。WiFi再接続からFlaskアプリの再起動、最終手段としてのラズパイ全体再起動まで、複数の段階を踏んで自動で復旧を試みます。復旧成功率は90%以上。夜中にシステムが落ちても、ほとんどの場合は朝までに自動で復旧しています(とはいえ途中からは安定してシステムも動作し、最近ではシステムが落ちることもほぼなくなりました)。
外出先からのアクセスにはVPN(OpenVPN)を導入し、スマホやPCから安全に接続できるようにしています。
最初は1棟だけで実験していたこの仕組みを、全5棟に展開しました。
5棟分の制御盤は自分で設計・施工しました。概算コストは以下のとおりです。
ハウス1-2(連棟):約65,000円(既存機器除く)
ハウス3:約54,000円(既存機器除く)
ハウス4-5(天幕含む):約120,000円(三相AC対応)
※実装においては一部、町の補助制度を活用しています
制御盤の設計から部品の発注、配線作業まで、すべて自分でやりました。現在は換気窓だけでなく、遮光カーテンや保温カーテンの制御も統合しています。
もちろん、機械は万能じゃない。壊れることもあるし、頼りっきりにするリスクもある。だけど、細やかに管理ができればそれだけ作物にも良い。人間よりも開閉忘れは確実に防げる。
僕以外の「目」がハウスを見てくれている。動かしてくれている。
その安心感は、時間の節約だけじゃなく、頭のなかの「あれやらなきゃ」というメモリの削減にもつながっている。ワンオペ農家にとって、これは本当に大きい。

自作ならではのカスタマイズ性
市販のスマート農業システムを導入する選択肢もありました。
でも、自作を選んだ理由は「カスタマイズ性」です。
自分で作っているからこそ、自分の農業に合わせて自由に拡張できる。
将来的な拡張構想
天候予測との連携:気象予報APIと連携し、先回りした制御
AIによる最適制御:過去データを学習し、最適な換気タイミングを自動判断
他システムとの統合:予算管理、収穫記録、市況データとの横断分析
ベンダーのシステムだと、こういったカスタマイズは難しい。あるいは、追加費用が発生する。
自分で作っていれば、思いついたアイデアをすぐに実装できます。
ひとまず今は灌水システムの自動化を優先して計画中です。
スマホ上で遠隔操作にて灌水を可能にし、データも収集。また、土壌水分センサーと電磁弁を連携させて、水やりの自動化も可能にしたい(とはいえ水やりはかなり大切な作業工程なので、自動化は慎重に。遠隔操作可能なだけでも儲けもの)。これができれば、環境制御の大部分がシステム化されることになります。
また、蓄積した環境データと収穫データを統合して、「どんな環境で育てると、どんな品質の花が採れるか」を分析したい。データドリブンな栽培改善のサイクルを回していきたいと思っています。これについては、UI部分とバックエンド基盤はほぼ完了。必要なテーブル設計などを順次進め、データ取得部分を優先して強化中です。
まとめ
2024年8月に開発を始めて、約1年半。
何もわからない状態から、ChatGPTと一緒に学びながら、ハウス5棟の環境制御システムを作り上げました。
モータードライバを何度も壊し、AWS IoT Coreの設定やハード面の設置で何度もつまずき、それでも諦めずに続けてきました。
自分で作ったからこそ、自分の農業に最適化されたシステムになっている。
これが、エオリカシステムの最大の強みです。
次回以降の記事では、予算管理・経営分析システムについてお話したいと思っています。BigQueryとLooker Studioで、経営の「見える化」をどう実現しているのか――データドリブン農業の経営基盤を紹介します。
とはいえ書きたい記事が大量にあるので、話のテーマは時系列に沿わず、書けるところから記事にしていくと思います。
お楽しみに。
Farm Eolica / 関口卓磨
福島県双葉郡浪江町で切り花農家をやってます。トルコギキョウ、スプレーマム、金魚草、ストックなどを栽培。データドリブンなスマート農業に挑戦中。
Homepage: https://farmeolica.com
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