
エッセイ|なんで真ん中。
映画館に行った。
平日の昼間。
話題の映画でもない。
お客さんは、ほとんどいなかった。
こういう映画館が好きだ。
静かで、広くて、誰にも気を遣わなくていい。
座席表を見る。
ほぼ全部、空いている。
少し後ろの真ん中を選んだ。
前すぎず、後ろすぎず。
左右にも誰もいない。
完璧だ。
ポップコーンと飲み物を買って、席に座る。
上映まで、あと10分。
誰もいない映画館で食べるポップコーンは、少しおいしい。
まだ始まってもいないのに、もう満足していた。
おじいちゃんが入ってきた。
茶色いジャケットに、黄色い蝶ネクタイ。
片手にポップコーン。
ゆっくり階段を上がってくる。
どこかで見たことがある気がした。
気のせいだと思う……

おじいちゃんは、私の列で止まった。
あ。
こっちか。
一歩。
二歩。
私の前を通り過ぎる。
そして、隣に座った。
なんで真ん中。
いや、私も真ん中を選んだ。
責める資格はない。
でも、200席くらいある。
200席だ。
二人しかいない。
しかも、座席指定だ。
つまり、選んだのだ。
ほかに198席も空いているのに、ここを。
おじいちゃんは、何事もなかったようにポップコーンを食べ始めた。
カリッ。
静かな館内に響く。
カリッ。
私も食べた。
カリッ。
なんだ、この共同作業。
映画が始まった。
主人公が走る。
おじいちゃんがポップコーンを食べる。
主人公が泣く。
おじいちゃんがポップコーンを食べる。
主人公が絶体絶命になる。
おじいちゃんが飲み物を飲む。
ズズズッ。
緊張感がない。
いや、映画は緊張している。
おじいちゃんだけが、いつもの午後を過ごしている。
面白い場面があった。
私は小さく笑った。
「ふっ」
隣からも聞こえた。
「ふふっ」
笑うところまで一緒だった。
なんだか悔しい。
次の場面でも、一緒に笑った。
おじいちゃんがこちらを見た。
私も見た。
軽くうなずかれた。
何の確認だ。
映画の感想を、目だけで共有しないでほしい。

後半。
主人公が、大切な人との別れを迎えた。
隣から、鼻をすする音がした。
おじいちゃんが泣いている。
私も、少し泣いていた。
おじいちゃんがハンカチを出した。
私も出した。
もう嫌だ。
気が合う。
エンドロールが流れる。
おじいちゃんは立たない。
私も立たない。
広い映画館の真ん中に、二人だけ。
照明がついた。
おじいちゃんがこちらを向いた。
「面白かったですね」
「そうですね」
「よかったですね」
「よかったですね」
それだけだった。
でも、なんとなく長い付き合いのような気がした。
おじいちゃんは、ゆっくり出口へ向かった。
私はその背中を見送った。
名前も知らない。
どこから来たのかも知らない。
ただ、同じところで笑って、同じところで泣いた。
不思議な時間だった。
最後のポップコーンを口に入れる。
さて、どんな映画だったっけ。
おじいちゃんが入ってきた。
おじいちゃんが隣に座った。
おじいちゃんがポップコーンを食べた。
おじいちゃんが泣いた。
おじいちゃんが帰った。
主人公の顔が、思い出せない。
私の記憶の中では、おじいちゃんが主演していた。
おじいちゃんを、一本観てしまった……