
ブランド物には興味がない
私は、ブランド物に一切の興味がない。「欲しい」とも思わない。無だ。何も思っていない。
多くの人は、ブランド物を「記号」として消費している。カバンが必要なら、私は大容量でポケットがたくさんついたカバンを買う。腕時計が必要なら、防水性があって頑丈な腕時計を買う。
しかし、ブランド物のバッグが欲しい人は、バッグが欲しいのではない。その「ブランドの」バッグが欲しいのだ。「バッグ」そのものではなく、「シャネルの」バッグが欲しいのだ。
腕時計を買う人も、腕時計が欲しいのではなく、「ロレックスの」腕時計が欲しいのだ。そして、そのブランドを身につけている「私」に、価値を置いている。
人は、商品の値段が高くなるほど、かえって「欲しい」という気持ちが強くなる。だが、私には、その気持ちが一切ない。バッグが欲しいと思ったら、物がたくさん入るバッグが欲しい。
なぜ人々は、ブランド物のバッグを欲しがるのか。一つだけ欲しい気持ちは、まだ分かる。特別に感じるし、日常の中に普段の自分より少し背伸びするような品が一つあるのは、悪くないと思う。
だが、複数所有する理由は分からない。バッグは一つしか持てないし、腕時計も一つしか腕につけられない。二つ目以降は、使う機会がない。使わないのに買うのは、それは物を使うためではなく、どれだけ持っているかを誰かに示すためのものになる。そこに価値を置く感覚が、私には分からない。
私が欲しい財力は、ブランドを買える財力ではなく、スーパーで値段を気にせずに買い物ができる財力だ。