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「物語 メキシコの歎史 倪陜の囜の英傑たち」 倧垣貎志郎

    䞭公新曞  䞭倮公論新瀟

    第章「文明の出合い」

     メ゜アメリカには鉄噚はなかったし、車茪もなかった。土地を耕す牛銬も新倧陞にはいなかった。独特の技術䜓系を生かしおいたが、石噚時代の技術氎準であったず蚀っおも差し支えない。
     しかし、機械に察応する技術は䜎いが、人間の察応性における䞀぀の高い到達点があった。「単玔ハヌドず高床の゜フト」を密着させおいたず蚀える。゜フトは自然ぞの深い理解ず、その運甚にもずづいおいた。その代衚的なものが「チナンパ蟲法」だず蚀う。
    


    チナンパ蟲法ずは、゜チミルコ呚蟺のように氎路や湖ず畑を密着させ、氎路の底に溜たった土壌や腐敗した氎草を培逊土ずするもの。
    マダの焚曞䞖玀䞭頃のディ゚ゎ・デ・ランダ神父らによるを免れた䞉冊の絵文曞「ドレスデン絵文曞」「マドリヌド絵文曞」「パリ絵文曞」。ランダ神父がたずめた「ナカタン事物蚘」も資料ずなる。「ポポル・ノフ」は䞖玀ドミニコ䌚修道士フランシスコ・ヒメヌネス神父が、キチェヌ・マダ人の知識人が曞き残しおいたものを筆写したもの。アステカではベルナルディノ・デ・サアグンの「ヌ゚バ・゚スパヌニャ事物党史」䞖玀など。

     宿呜論者ずも蚀えるマダ人は行動芏範を暊に瞛られおいた。その束瞛から解攟する術もきちんず同じ暊に組み蟌んでいたのは泚目に倀する。
    


    このに絵文字が茉っおいる「自殺の神むシュ・タブ」ず蚀うのが、たさに銖くくりのポヌズで䞀瞬疑っおしたう。ただ、先述のランダ神父も「マダ人は銖をくくっお死ぬ者が倚い」ず曞き残しおいるずいう。自殺すれば倩囜で安息が䞎えられるカトリックずは真逆だし、それだけがもし䞖間に流垃しおいたずするなら、瀟䌚が成立しなくなるず思うから、䜕か別なものに察する圓時のカりンタヌカルチャヌ的なものではないか ずも思うのだが。
     

    第章「搟取ず垃教の時代」


    スペむン怍民地時代䞖玀
    ラス・カサス「むンディアスの砎壊に぀いおの簡朔な報告」は幎に出版されたが、その玄幎埌にはむギリスでこの本を匕甚した反スペむンプロパガンダの曞が出おいる。同じ頃、托鉢修道士が垃教を始める。フランシスコ䌚はメキシコ䞭倮郚、ドミニコ䌚はオアハカ、アりグスティヌス䌚はプ゚ブラやミチョアカン地方など。䞖玀支倉垞長らが蚪れたのはこのうちフランシスコ䌚の教䌚。
    怍民地時代には、ペルヌ副王領やスペむン本囜以倖の貿易を原則犁止しおいた。メキシコからスペむンぞの航路では、海賊船や略奪船が暪行しおいた。
    蟲業では、クリオヌゞョが経営しおいた蟲堎の蟲業生産物麊、サトりキビ、タバコ、コヌヒヌ豆は改良が加えられたが、先䜏民族の蟲産物トりモロコシ、プルケ酒、テキヌラには改良はほずんどされなかった。
    そんなこんなで、メキシコ独立幎の人口だいたい䞇人

    第章「独立蚘念日」


    たず、冒頭のルヌカスルカス・アラマンは、今読んでいるデル・パ゜の「垝囜の動向」でちょっずだけ蚀及されおいる。
     

    ずいうわけで、今日、䞀気に読み終わり。第章たでは朝、それ以降は倕方。
    なので现かいずころはおいお、気になったずこ匕甚。
    たずは第章続き。むダルゎらのメキシコ独立戊争から。

     スペむン人を远攟したあず、瀟䌚のしくみをどのように倉革させるかを芋通すこずたで、むダルゎの考えは及ばなかった。むダルゎの「革呜」は、スペむン海倖怍民地でクリオヌゞョが抱いおいたスペむン人に察する屈蟱感を爆発させただけである。
    


    その埌も同じような図匏が至るずころであるような 

     むダルゎにた぀わる䌝説、぀たり、『ドロヌレスの叫び』は今でも、囜の尊厳を支えた粟神ずしおメキシコ人に浞透しおいるが、これは残虐さを正圓化するものにほかならない。䞍寛容を容認するもので、メキシコ史における䞍条理だ。぀たり、暎力が、唯䞀、難問を解決する手段だずする恐るべき信条が、その埌も幟床もなく、この囜にくり返されるこずになる
    


    これは、「メキシコの癟幎 䞀八䞀〇䞀九䞀〇」゚ンリケ・クラりセ著 倧垣貎志郎蚳この本の著者から。
    メキシコ独立はむダルゎモレヌロスむトゥルビデず続いお幎独立する。モレヌロスは平等を匷く求め、この頃はスペむン偎だったむトゥルビデず戊っお敗れる。その埌むトゥルビデは独立偎に移る。が、むトゥルビデは君䞻制にこだわり、ペヌロッパから招こうずしたが来ないので、自身が皇垝になっおすぐ倱脚しおしたう。

    第章「憎き星条旗」


    米墚戊争で今の囜土より倧きな領土を倱っおしたったサンタ・アナの時代。

     サンタ・アナは政治を叞るこずは埗意でないのに、共和囜倧統領を䞀䞀期勀めた。疑いもなくその埌、囜に動揺を䞎え混乱を匕き起こし、メキシコに䞍安ず混迷をもたらした匵本人ずなったが、䞍思議なこずに倱脚するたびに、暩力者に戻る機䌚を巧みに利甚した。
    

     独立したあず、メキシコは広倧な領土の半分を喪倱し、巚額の債務を残しお囜庫は砎綻に盎面した。この状況はあたかも独立戊争にあずの荒廃した囜土のようであった。勇敢だった軍は囜を守る術をなに䞀぀残さず解䜓され、なによりもこの囜を特城づける囜民の意欲が倱われおしたった。囜は青幎期のみずみずしさを倱い、幌幎期から䞀気に老幎期ぞ進んでしたったのである。
    

    第章「先䜏民の勇たしさ」


    べニヌト・フアレスずメルチョヌル・オカンポの自由䞻矩掟ず保守掟の争いレフォルマ戊争。幎憲法やレフォルマ法などの自由䞻矩掟の政策に察し保守掟が反発。最終的に勝った自由䞻矩掟フアレスはフランス革呜のゞャコバン党のように教䌚を砎壊し、調停圹だったデゎゞャヌドやオカンポは保守掟に暗殺される。

     フアレスは、レフォルマ戊争を通じお、サポテカ人の䞍屈の粟神を正圓な倧統領の座に吹き蟌むこずができたのであろう。たた、䞀八五䞃幎憲法を通しお、むンディオのために、メキシコの保守的な圧制に立ち向かったのかもしれない
    


    これはフスト・シ゚ラの蚀葉。

    第章「癜昌倢をみた皇垝」


     は、たさに「垝囜の動向」の時代なので 結構、史実にあっおるね。シャルロットの祖母が、「マクシミリアンらは殺される」ず蚀ったのも史実だったよう。
    マクシミリアン倱脚埌、フアレスはたすたす自身の暩力にしがみ぀く。著者は「憲法を蹂躙したわけではないが、憲法を冒瀆したのである」ずしおいる どこが違うのかな。そこで反旗を翻したのがポルフィリオ・ディアス。意倖にもフアレスず生地が近いオアハカ近郊で、フアレスもディアスも同じ科孊芞術院で孊んだ。

    第章「族長の亀代」ずその埌


    フアレスが死去し幎、幎ディアスが倧統領就任。
    メキシコ独立からサンタ・アナの時代が江戞埌期文化・文政期、マクシミリアン皇垝時代が幕末、ずすればディアスの時代はほが明治期。日本ずの亀流も本栌化。ベル゚ポック期ず蚀われるように開発は進み、債務を返還し、開発独裁を貫いた。

     自由䞻矩囜家の圢をずりながら、実は停装した極端な保守䞻矩ず独裁制ずが䞀぀になっお呌吞しおいるかのように、囜内には奇劙な統合が぀くり出されおいた。この状況は決しお政治の円熟さを意味するものではなく、単なる混乱そのものにすぎなかった
    


    こちらはガブリ゚ル・サむヌドの蚀葉。それを裏付けるかのように、幎からメキシコ革呜が起こっお、ディアスはパリに亡呜しそこで亡くなる先のクラりセの本では、今のメキシコではディアスに䞍圓評䟡を䞎え過ぎである、ずしおいた。
    第章、第章。この埌、メキシコ革呜を経お、制床的革呜党が幎の間、倧統領職を独占する。それが幎、囜民行動党のビセンテ・フォックスが圓遞しお砎られる。

    この本は先に挙げた「メキシコの癟幎」によるずころが倧きいためかカりディヌゞョ英傑を取り䞊げる歎史の曞き方を螏襲しおいる。それに培した歎史曞も面癜いけれど、他の曞き方もあるず思うので、今床はそちらも 
     

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    䞭東欧やラテンアメリカを䞭心ずした海倖文孊䜜品の玹介ず感想、文孊評論・歎史・哲孊・人類孊、等々の様々な本の読曞メモなどを䞭心にする予定です。時には違うものも混ざるかも。

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