
初めてのグリーン車と、おしぼり。〜長崎2泊3日⑤〜
発車10分前、ホームに着くと既に乗車の列ができていた。先頭には小さな子供を連れた家族連れが大きなスーツケースと一緒に並んでいる。
昨年、京阪三条駅のホームで友人と電車を待っていると、突然 知らないおじさんにこう言われた。
「ここ、プレミアムカーの乗車口やで。並ぶ場所間違ってるで」
私たちはプレミアムカーの乗車券を買っている。余程、プレミアムカーにふさわしくない風貌に見えたのだろうか。
グリーン車の列に並びながら、その時のことがふとよぎった。こうして並んでる今も、誰かから「あの人、間違ってグリーン車の列に並んでる」と思われているのかもしれない。
私はグリーン車に乗る人らしく振る舞おうと思ったけれど、グリーン車に乗る人の振る舞いってどういう感じなのだろう。
分からないので、ちょっとスンとした感じで待っていた。
のぞみが到着すると、先頭の家族連れは「ここグリーン車や。間違ってる」と、慌てて違う乗車口に移動していった。
グリーン車のシートは茶系で落ち着いた色をしていて、それだけで高級感が溢れている。普通の座席よりもシートの厚みがあり、背もたれも高く、前の座席との間隔も広い。高さの調節できるフットレストもついている。
シートの横にはボタンが2つ。読書灯ともう1つは座席のヒーター。車両先頭の荷物棚にはブランケットも何枚か用意されていた。
テーブルは前の座席の背もたれから倒す大きなものと、肘掛けに収められたサイドテーブルの2つ。
荷物用のフックは前の座席の背面に1つ、窓側には2つ付いている。
席に着くと もっさりは
「くそーっ、チャーリー(もっさりの会社の社長)は毎回これに乗ってるんか」「今日から俺のフェーズは上がったで。今度からグリーン車使うわ」
と息巻いている。
今回、私たちはグリーン車しか空いてなかったのでグリーン車に乗った。
次回の旅行から通常モードがグリーン車に格上げされるのだろうか。
通常の席とは違う設備の充実具合にテンションは上がっていたが、ここでそれを見せてはならない。グリーン車が初めてであることがバレてしまう。テンションが上がって時折大きな声で話すもっさりをたしなめる。
博多駅で買ったお弁当を広げ、お互い半分ずつ食べて交換する。
と、「お食事中失礼します。おしぼりをお持ちしました」と、女性クルーがやってきて1人ずつにおしぼりが手渡された。
「これがあの有名な新幹線のおしぼりか」
もっさりはそう言って嬉しそうにしている。
なんでも新幹線のおしぼりは良いと評判で、フリマサイトなどでも販売されいているらしい。果たしてそんなことがあるのだろうか、と半信半疑でメルカリを調べると販売されていた。
厚手の綿100%で、洗って繰り返し使えるらしい。
グリーン車に乗るような人が、おしぼりを使わずに持ち帰り それをフリマサイトで売るなんて、なんだか滑稽な気もする。
私たちはグリーン車に乗り慣れていそうな斜め前のカップルの同行を時折チェックしていた。
2人はおしぼりを受け取ると、躊躇することなくさっと袋を開けて使っていた。かっこいい。
私ともっさりはお弁当の薄っぺらいお手拭きがあったので、後でデザートを食べる時に使おうと言って一旦しまった。
3つ買ったお弁当だが、2つ食べ終わると「3つもいらんかったな」と呟くもっさり。
もっさりは博多駅に着く前に「長崎物語」を2つも食べている。ご飯大盛り1杯分のカロリーを摂取しているのだから当然だ。
残りのお弁当と、デザートのどら焼きは後で食べることにして、各々の時間を過ごす。
もっさりはパソコンを広げ、私はスマホで旅行のことをまとめたり読書をしたり。
しばらくするともっさりが呟く。
「この時間ええわ」
「えっ?」
「こうやって、それぞれ別のことしているのがいい」
ん? この状況に酔っているのか? グリーン車の空気が、もっさりを変な感傷に浸らせている。
大阪まで1時間を切る頃、もっさりが3つ目のお弁当を開けた。私はまだお腹がいっぱいだ。中には蒸したイカしゅうまいと、揚げたイカしゅうまいが2つずつ入っていた。私は蒸しと揚げを1口ずつ齧った。
もっさりはお弁当を平らげた後、どら焼きも完食し、新幹線のおしぼりを使った。
私はお腹がいっぱいすぎて、どら焼きも、新幹線のおしぼりも持ち帰った。
グリーン車には車内販売もあり、ゴミも何度か回収に来てくれる。なんて快適。(車内販売は10月からモバイルオーダーに変わるみたいだ)
斜め前のカップルの女性は、アイスクリームを注文していた。新幹線の硬いアイスは昔と違ってクリームブリュレアイスだった。カチカチなのは変わらないらしく、女性は溶けるのを待つべく、しばらく机の上に放置していた。
2時間半で新大阪に到着。とうとう旅は終わってしまった。
歩いてもっさりのマンションまで行く。玄関ドアを開けると1Kの部屋にはいつも通り、床にいろんなものが散乱し、椅子には洗濯物が引っ掛けられている。私は布団の上で涅槃になった。
この日、もっさりは私を自宅まで送るためにカーシェアで車を借りてくれていた。
せっかく車を使うので、リユースショップにいらないものを持っていこう、と借りる時間が来るまで、着ない服やらカバンをクローゼットから選別する。
旅行の荷物ともっさりの服や鞄を2人で両手いっぱいに持ち、車に乗り込んだ。
リユースショップは混んでいて、査定まで1時間かかるという。査定を待つ間にもっさりは私を家まで送ってくれた。
去っていく車を見送ったが、ブレーキランプが5回 点滅することはなかった。
荷物の整理を終えた頃、もっさりから連絡が来た。
買取金額は思ったよりも多かった。
旅行から数日が経つというのに、私は新幹線のおしぼりを使うタイミングが分からず、まだ置いている。
グリーン車のおしぼりは、グリーン車で使うのが正解だ。