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アウトプットの原理原則/なぜ書けないときがあるのか?

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    さて、本題です。
    もうかれこれ3年間、このnoteに好きなことを書いています。基本的には日常感じたことなどを書き留める程度なのですが、時折、「論考」というほどではないにしてもややボリュームのある骨太の記事を書くことがあります。

    たとえば、最近でいうと

    「なぜ日本絵画には水平線が無いのか」を考えるシリーズ【全9回!】

    だいぶ前の記事でいうと

    名画ってなんだ? 序章 / 名画ってなんだ?完結編

    総文字数が何万文字にもなるような、そんな文章です。こうして気合いをいれて書いた記事は、閲覧数が伸びなくても刺さる人には刺さっている実感があります。
    長編記事になりそうなネタは常にあるので、定期的に書けばいいと思うのですが、こういう骨太の記事は、書き上げるのにかなりのカロリーを使います。
    それでも「よし、書くか!」とすんなり思える時があります。逆に、どうしても腰が上がらない時もあります。

    この違いは何なのだろうと不思議に思っていたのですが、最近ようやくわかってきました。

    それは、まとまったアウトプットには「ためる時間」が必要だということです。

    ためると言っても、「アウトプットするにはインプットが必要」という単純な話ではありません。ただ単に知識や情報をためればいいわけではないのです。

    では、何をためるのか。

    一言で言うなら「伝えたい」という気持ちです。
    「伝えたい欲」が一定量までたまると、何もしなくても体が勝手に文章を綴り始めます。これって結構アウトプットの本質かもしれません。ようやく言語化できるぐらい、自分の中で整理できたのでここにまとめておこうと思います。

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