
【遠距離恋愛、連載】第48話「函館の夜景と、揺れる想い」
前回の続き
彼女を失い、愛を失い、それでも結婚した10年の軌跡、第48話

3月の終わり。
飛行機の窓の外に、白くかすんだ大地が見えてきた。
「見えてきたね、北海道」
隣の優が少し身を乗り出す。
「ああ」
2年前とは違う気持ちで、その景色を見ていた。
同じ北海道。
同じ空。
それなのに、どこか違って見える。
函館空港に降り立つ。
ひやりとした空気が頬に触れた。
「やっぱ北海道は寒いね」
優が肩をすくめる。
「東京とは全然違うな」
自然と笑い合う。
約2年ぶりの北海道だった。
ベイエリアへ向かい、金森赤レンガ倉庫を歩く。
海の匂い。
石畳を踏む音。
観光客たちの楽しそうな声。
その中を、二人でゆっくり歩いた。
ガラス工房の前で、優が足を止める。
「見て、綺麗」
光を受けたガラス細工が、色とりどりに輝いていた。
「ほんとだな」
並んで覗き込む。
その瞬間だった。
ふと、記憶が重なる。
――小樽。
同じように並んで。
同じようにガラスを見ていた。
遠い昔の景色。
胸の奥がわずかに揺れる。
「どうしたの?」
優が不思議そうにこちらを見る。
「いや、なんでもない」
笑って答えると、優も笑った。
それだけで、その記憶はまた奥へ沈んでいった。
夕方。
函館山へ向かう。
展望台に立った瞬間、言葉を失った。
無数の灯りが海に挟まれた街を埋め尽くしている。
「すごい……」
優が小さくつぶやく。
「本当に綺麗だな」
肩が触れそうな距離で、二人並んで夜景を見つめる。
風は冷たい。
けれど隣から伝わる温もりは確かだった。
――不思議な気分だった。
この場所から北へ向かえば、札幌がある。
同じ北海道の空の下。
今も景子がいる街。
そんなことを思い浮かべてしまった自分に、小さく苦笑する。
もう終わった話だ。
そう言い聞かせるように、隣の優へ視線を向ける。
優は夢中になって夜景を見ていた。
その横顔は、幸せそうだった。
夜
湯の川温泉の宿へ。
部屋に入るなり、優が声を上げた。
「すごい……露天風呂ついてる」
窓の向こうでは、小さな湯船から湯気が立ち上っている。
「いいとこ選んだな」
「ほんとだね」
優が嬉しそうに笑う。
その顔を見ていると、自然と肩の力が抜けた。
――来てよかった。
素直にそう思った。
しばらくして、優が振り返る。
「ねえ」
「ん?」
「一緒に入る?」
少しだけ照れながら言う。
思わず笑ってしまう。
「いいよ」
優はほっとしたように笑った。
露天風呂。
冷たい夜風と温かい湯。
遠くから聞こえる波の音。
隣には優がいる。
「気持ちいいね」
「ああ」
静かな時間だった。
何も話さなくても心地いい。
それだけで十分だった。
「亮平、ありがとうね」
優がぽつりと言う。
「なにが?」
「連れてきてくれて」
少し照れたような笑顔。
「こちらこそ」
そう答えると、優は安心したように目を細めた。
宿の部屋へ戻ったあとも、優は楽しそうに話し続けた。
函館山の夜景。
ガラス細工。
明日の朝食。
明日の観光。
小さなことを一つひとつ嬉しそうに話している。
その横顔を見ていると、胸の奥が静かに苦しくなった。
優は何も知らない。
この時間が、これからも続いていくと信じている。
結婚して。
同じ家に帰って。
同じ朝を迎えて。
歳を重ねていく。
そんな未来を疑っていない。
「明日も楽しみだね」
優が笑う。
「ああ」
そう答えながら、窓の外へ視線を向けた。
函館の夜。
遠くまで続く灯り。
その先のどこかに札幌がある。
景子がいる。
その名前を思い浮かべた瞬間、胸の奥で何かが小さく軋んだ。
隣では、優が安心しきった表情で笑っている。
その笑顔が眩しくて、しばらくまともに見つめることができなかった。
第49話に続く
※次回以降、毎週水曜日、土曜日の週2回、連載を投稿予定しています。
引き続きご期待ください。
【マガジンを作りました、過去の話はこちらから】
「遠距離恋愛、10年の軌跡、冬の章」
「四季を越えて愛、総集編」
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