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『星空に残された人類の記憶』 第4話 熊に追われた少女たちは、北斗七星か、すばるか。

    ――一つの文化に、一つの物語とは限らない
    『星空に残された人類の記憶』第4話

    3話まで👇

    二度、訂正することになった
    この連載を始める前、企画書にこう書いた。
    北米カイオワ族には、七人の少女が熊から逃れ、天に昇るという伝承がある。
    そして疑いもせず、その少女たちはすばるになったと思い込んでいた。
    調べ始めてすぐ、カイオワ出身の作家N・スコット・モマデイの文章に行き当たった。
    そこでは少女たちは北斗七星になっていた。これで一度目の訂正。この回の最初の草稿は、「少女たちは北斗七星だった」という題で書いた。
    ところが、さらに調べていくと、1897年に採録された別のカイオワの伝承が見つかった。
    そこでは、少女たちはすばるになっていた。
    北斗七星か、すばるか。
    答えは、「どちらか一つ」ではなかった。同じカイオワの中に、二つの版があったのだ。
    今回は、この二つの版を並べ、同じ岩にまつわる他の部族の物語も見ていく。そして、自分たちが何を見誤っていたのかを確かめる。

    モマデイが伝えた版:熊になった兄弟と北斗七星
    アメリカ・ワイオミング州に、デビルズタワーと呼ばれる巨大な岩山がある。平原から突き出た柱のような岩で、側面には縦の筋が無数に刻まれている。北米の多くの部族が、この岩にそれぞれの名前と物語を持っている。
    カイオワ出身の作家N・スコット・モマデイ(1934〜2024)は、1969年の『The Way to Rainy Mountain』で、この岩の物語を書き記した。その後も生涯を通じて、朗読やインタビューでこの物語を語っている。
    モマデイの語る筋はこうだ。
    • 七人の姉妹と、その兄弟がいた
    • 兄弟は熊に姿を変え、姉妹を追う
    • 姉妹は「岩の木」に逃げ登る。それは空へ向かって伸びていく
    • 熊は側面を爪で引っかく。それが岩の縦の筋だ
    • 姉妹は空へ運ばれ、北斗七星になる
    カイオワでは、この岩を「ツオイ(Tsoai)」、岩の木と呼ぶ。モマデイのカイオワ名「ツオイタリ(Tsoai-talee)」は、「岩の木の少年」という意味だ。
    幼いころこの岩を訪れた記念に、カイオワの長老から授かった名だという。
    晩年の著書『Earth Keeper』(2020年)で、彼はこう書いている。
    私の名前が由来する物語は、私の七人の姉妹の物語でもある。彼女たちは空へ運ばれ、北斗七星の星々になった。
    (『Earth Keeper』より、英語原文からの筆者訳)
    モマデイにとって、この物語は自分の名前そのものだ。物語の中の熊になった少年を、彼は自分自身と重ねて語っている。

    1897年に採録された版:熊の群れとすばる
    アメリカ国立公園局は、デビルズタワーに伝わる諸部族の物語を「First Stories」として公開している。
    その中に、モマデイの本より70年以上前に採録されたカイオワの物語がある。
    語り手は「I-See-Many-Camp-Fire-Places」。オクラホマ州フォート・シルにいたカイオワの兵士で、1897年の語りと記されている。
    筋はこうだ。
    • 七人の幼い少女が、村から離れたところで遊んでいて、熊たちに追われた
    • 少女たちは低い岩に飛び乗り、一人が岩に祈った。「岩よ、私たちを哀れんで、私たちを救って」
    • 岩はその声を聞いて伸び始め、少女たちを押し上げた。熊たちは岩を引っかき、爪を折った
    • 少女たちは空へ運ばれ、七つの星の群れ、つまりすばるになった
    そして物語は、こう結ばれる。
    冬の真夜中には、七つの星がこの高い岩の真上に来る。
    (国立公園局「First Stories」より、英語からの筆者訳)
    この一文は、物語を実際の夜空と結びつけている。
    第3話で見たローマ時代の『天文詩』が、「オリオンは西へ逃げる姉妹を追っているように見える」と書いたのと同じように。
    ただし、この版について、まだ分からないことがある。
    誰が聞き取って書き留めたのか。最初にどの刊行物に載ったのか。そして「すばる」という同定は、語り手自身の言葉なのか、記録者や編集者の説明なのか。
    公開されているページだけでは、そこまでは確かめられない。

    二つのカイオワ版を並べる
    項目 1897年採録版 モマデイ版
    語り手・記録 I-See-Many-Camp-Fire-Places(カイオワの兵士)。採録者と初出は未確認 カイオワ出身の作家自身。
    本・朗読・インタビュー
    年代 1897年 1969年の本から晩年まで
    熊の正体 熊の群れ(兄弟が変身したとは記されない) 姉妹の兄弟が姿を変えた熊
    少女の人数 七人 七人
    岩が伸びる理由 少女の一人が岩に祈る 「岩の木」が空へ伸びる
    熊の爪あと 岩を引っかき、爪を折る 岩の縦の筋になる
    なる星 すばる 北斗七星
    空との結びつき 冬の真夜中、七つの星が岩の真上に来る 語り手の名前がこの物語から来ている
    共通しているのは、七人の少女、熊、伸びる岩、爪あと、そして空への上昇だ。物語の骨格は同じと言っていい。
    違うのは、熊の正体と、たどり着く星だ。

    ここから先は、筆者の確認と推測だ。
    デビルズタワーのあたりの緯度では、すばるは冬の真夜中ごろ、南の空高くに昇る。天頂ではないが、岩を見上げる人には「岩の上にある」と感じられる高さだ。
    ただし、1897年版の「岩の真上」が、どこから、いつ見た空を指しているのかは分からない。
    星と岩の位置関係は、観察する地点や時刻によって変わる。
    一方で北斗七星は、この緯度では一年中沈まずに北の空を回る。
    どちらの版も、実際にその場所で見える空と矛盾しない。
    だから、どちらかが「本当」でどちらかが「間違い」だと決める理由は、今のところない。
    語り手も、時代も、記録の仕方も違う二つの版が、それぞれに伝わっている。そう受け取るのが、今の資料に合っている。
    同じ岩、別の物語
    デビルズタワーの物語を持っているのは、カイオワだけではない。公開資料で確かめられた版を、もう少し並べてみる。
    どれもそれぞれの文化の「一つの版」であって、その文化全体を代表するものではない。

    版 出典 追われる者 熊 結末

    ラコタ(ティトン・ラコタ) Aktá Lakota Museum & Cultural Center(典拠:LaPointe『Legends of the Lakota』1976年) 数人の小さな少女 飢えた熊の群れ 不思議な声に呼ばれて小山がせり上がる。少女たちは鳥に乗って母のもとへ帰る。星にはならない

    アラパホ 国立公園局「First Stories」(1932年採録) 二人の姉妹 姉妹の一人が熊になる 熊になった少女が、東の空に「菱形に並んだ七つの星」が現れると予言する。どの星座かは書かれていない

    クロウ 国立公園局「First Stories」 二人の少女 一頭の大きな熊 大いなる霊が岩を伸ばし、熊は届かない。少女たちは岩の上に残る
    熊と岩は、確かめられたどの版にも出てくる。

    岩がせり上がるのは、二つのカイオワ版とラコタ版、クロウ版だ。アラパホ版では岩は伸びず、熊になった少女が岩を引っかく。
    一方で、追われるのが何人か、熊は何者か、最後にどうなるかは、版ごとに大きく違う。星になる版もあれば、地上へ帰ってくる版もある。

    第3話で、ギリシャと西部砂漠の比較から「似ているのは、空が見せる動きと物語の型」だと書いた。
    デビルズタワーでは、空の代わりに岩そのものが、物語の共通部分を生んでいるのかもしれない。これは筆者の推測だ。
    何を見誤っていたのか
    この回の最初の草稿で、筆者はこう書いていた。
    ワイオミング州の人文学協議会の解説は、カイオワとラコタの少女たちが「プレアデスになった」としている。
    一方、カイオワの作家自身は北斗七星と書いている。外部の解説と当事者の言葉が食い違うのだ。
    この構図は取り下げる。
    1897年のカイオワ版では、少女たちは実際にすばるになっている。
    その解説は、こちらの版を踏まえていた可能性がある。
    「外部の解説が間違っていた」のではなかったのだ。
    ただし、今回確かめたラコタの版では、少女たちは星にならず、鳥に乗って地上へ帰る。
    ラコタにも、少女たちがすばるになる版があるのか。それは、まだ分からない。
    では、本当に見誤っていたのは何だったのか。
    それは、「一つの文化には、一つの物語がある」という思い込みだ。
    企画書は「カイオワの伝承はすばる」と思い込んでいた。最初の草稿は、それを「カイオワの伝承は北斗七星」と入れ替えただけだった。どちらも、答えが一つだという前提は変わっていない。
    でも実際には、同じ文化の中にも、語り手によって、時代によって、記録した人や翻訳した人によって、いくつもの版がある。少なくとも今回確認した伝承は、一つの固定された形だけでは語られていなかった。
    「カイオワの少女たちは何の星になったか」という問いには、「誰が、いつ、誰に語った版か」を添えなければ答えられない。
    北米のもう一つのすばる――踊る少年たち
    デビルズタワーから離れた北米の人々は、すばるをどう語っていたのか。調べられた範囲で、二つの例を紹介する。

    チェロキー:「少年たち」と松の木
    1900年、民族学者ジェームズ・ムーニーがチェロキーの人々から聞き取ってまとめた『Myths of the Cherokee』に、すばるの物語がある。チェロキー語ですばるは「アニツツァ(Ani'tsutsa)」、「少年たち」という意味だ。
    • 七人の少年が、畝仕事をせずに、石の輪を転がす遊びに夢中になっていた
    • 怒った母たちは、遊びに使う石を煮て、夕飯として出した
    • 少年たちは「もう母たちを困らせないところへ行こう」と言い、祈りながら踊り、空へ浮かび上がった
    • 六人は空に届き、すばるになった
    • 一人は母に竿で引き下ろされ、地面に叩きつけられて土に沈んだ。母がその場所で毎日泣くと、やがて松の芽が出た

    イロコイ:踊る少年たち、落ちる一人
    北米北東部のイロコイ(セネカ、オノンダガなど)にも、よく似た物語が伝わる。19世紀末から20世紀初めにかけて、何人もの採録者が書き留めている。
    踊る少年たちが空へ昇る。そこまでは共通しているが、細部は採録者によって違う。人数は七人の版が多いが、十一人の版もある。一人が下を見て落ち、松の木になる版。流れ星になる版。誰も落ちない版。

    今回確認したこの二つの伝承では、すばるは、ギリシャや西部砂漠とはかなり違う姿をしている。
    少女ではなく少年。追う者はいない。
    天へ昇るのは、踊りによってだ。
    ただし、チェロキーとイロコイの一部の版には、よく知った形が現れる。
    「一人だけが届かなかった」という形だ。
    チェロキーの物語は、七人のうち六人がすばるになった理由を説明している。
    第1話で見た「七つのはずが六つ」という食い違いの、北米版とも読める。
    仮説はどう変わったか
    企画書、この回の最初の草稿、そして今回の調査を並べる。

    項目 企画書 最初の草稿 今回
    カイオワの七人の少女 すばるになる 北斗七星になる 版によって違う。1897年採録版はすばる、モマデイ版は北斗七星
    北米に「追われてすばるになる少女」はいるか いる 見つからない 1897年のカイオワ版にいる。ただし追うのは熊の群れ
    北米のすばるの姿 ― 踊る少年たち 踊る少年たちの版と、熊から逃れる少女たちの版がある

    一つの文化の伝承 一つと想定 一つと想定 複数の版がある
    皮肉なことに、今回の調査で企画書の「北米にも、追われてすばるになる少女たちがいる」という想定は、半分だけ戻ってきた。
    ただし、第3話の「三段階」で判定すると、ギリシャや西部砂漠との一致はこうなる。
    • 結果:追われた少女たちがすばるになる。一致
    • 理由:ギリシャと西部砂漠では、男が女性を求めて追う。1897年のカイオワ版では、熊の群れに襲われる。一致しない
    • 展開:岩に祈り、岩が伸びる。ギリシャにも西部砂漠にもない展開だ
    似ているのは、「追われた少女たちが、密集した七つの星になる」という型まで。その先は、ここでもその土地の物語になっている。第3話の結論は、北米を加えても崩れなかった。
    宇宙OS的に読むと
    ここからは、証拠ではなく比喩の話だ。
    今回の出来事を、そのまま不具合の修正記録にしてみる。パッチは二回当たった。

    [BUG_REPORT] 企画書:「カイオワの七人の少女 = すばる」
    [PATCH_1] モマデイの文章を確認 → 「カイオワ = 北斗七星」に修正
    [BUG_IN_PATCH] PATCH_1 も「一つの文化 = 一つの答え」という前提を引き継いでいた
    [PATCH_2] 1897年版を確認 → 「版ごとに答えがある」に修正
    [NEW_SCHEMA] 伝承 = 文化 × 語り手 × 時代 × 記録者・翻訳者
    [SIDE_EFFECT] ラコタ、アラパホ、クロウの別の版も見つかった
    一回目のパッチは、答えの中身を入れ替えただけだった。
    二回目のパッチで、問いの立て方そのものが変わった。
    「カイオワの答えは何か」ではなく、「誰が、いつ、誰に語った版か」を先に問うようになった。
    宇宙OS理論では、完璧なシステムはない。
    パッチにもバグはある。
    大事なのは、そのたびに隠さずに直し、その記録を残すことだ。
    この連載では、それを「セルフパッチ」と呼ぶ。
    そして、セルフパッチを当てるべき場所は、まだある。
    確認できたこと、未確認のこと、筆者の推測
    確認できたこと
    • モマデイが伝えた版では、熊になった兄弟が七人の姉妹を追い、姉妹は北斗七星になる
    • 1897年に採録されたカイオワの版(国立公園局が公開)では、熊の群れに追われた七人の少女がすばるになる
    • 公開資料で確かめたラコタの版では、少女たちは鳥に乗って地上へ帰り、星にはならない
    • 同じ岩に、アラパホやクロウの別の物語もある
    未確認のこと
    • 1897年版を聞き取った採録者と、最初の掲載先。「すばる」という同定が語り手の言葉か、記録者や編集者の説明か
    • ラコタの他の版では、少女たちがどうなるのか
    • 『The Way to Rainy Mountain』本文の細部
    筆者の推測
    • すばる版も北斗七星版も、デビルズタワーから実際に見える空と矛盾しない
    • デビルズタワーの諸版に共通する「熊と岩」は、空ではなく岩そのものの姿から生まれているのかもしれない
    今回の結論を一言で言うなら、こうなる。
    七人の少女がいればすばる、とは限らない。北斗七星とも限らない。物語がどの星を指しているかは、誰が、いつ、誰に語った版なのかを確かめて、はじめて答えられる。
    さて、この回の宇宙OSの節で、「セルフパッチを当てるべき場所はまだある」と書いた。
    それは、GemideMANS自身の本の中にある。
    世界神話シリーズ第29巻『アボリジニ神話』で、筆者はアボリジニの口承を「6万5000年間、データ損失ゼロで運用してきた」と書いた。だが今回、一つの部族の中でさえ、物語にはいくつもの版があることを見た。口承は、本当にそんなに長く、そのままの形で伝わるのだろうか。
    次回、第5話「歌は何千年もつのか」。今度は、自分の書いた本を検証する。

    参考資料
    • N. Scott Momaday『Earth Keeper: Reflections on the American Land』2020年(抜粋:The Paris Review「We Must Keep the Earth」)
    • Katy Beem「Words from a Bear & Jill Momaday」2019年(SDPB)
    • N. Scott Momaday『The Way to Rainy Mountain』1969年(本文未照合。本稿では引用していない)
    • アメリカ国立公園局「First Stories」(NPS Devils Tower)
    • Aktá Lakota Museum & Cultural Center「The Legend of Devil's Tower」(Aktá Lakota Museum。典拠:James LaPointe『Legends of the Lakota』1976年)
    • スミソニアン国立アメリカ・インディアン博物館「A Return to a Sacred Place」2025年(Smithsonian Magazine)
    • ワイオミング人文学協議会「Bears and Stars Rising from the Earth」(Wyoming Humanities)
    • James Mooney『Myths of the Cherokee』1900年、第10話(sacred-texts.com)
    • イロコイのすばる伝承の比較(Crooked Lake Review, 1994)
    ※英語資料からの引用・要約は筆者による訳です。

     
     
    中卒・建設作業員・転職20回以上。自説「宇宙OS理論」で読み解く「世界の神話シリーズ」入門編を連載中! 掲載作品はマガジンにてわかりやすく分類してあります!ぜひご覧くださいm(__)m全話無料!漫画もあります! #宇宙OS理論 #AI共著 #kindle出版

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