
『星空に残された人類の記憶』 第3話 七人姉妹を追いかけたのは誰か
――二つの大陸の、二つの追跡
確かめるべきは、物語の中身
前回の結論は、こうだった。
星が動いたことは計算できる。でも、物語がその時代からあったことは、星だけでは証明できない。
それなら、物語そのものを並べてみるしかない。
Norrisらが共通起源の可能性を論じたのは、ギリシャとオーストラリアの物語だった。
どちらにも、七人の姉妹がいて、男が追いかけてくる。そして追う男は、オリオン座になっている。
確かに似ている。では、どこまで似ているのか。
今回は、二つの追跡の物語を、できるだけ一次資料に近いところから読み比べる。
一つ断っておきたい。
オーストラリアの七人姉妹の物語は、いまも受け継がれている人々の知識だ。
この記事では、伝承者たち自身が公開している資料の範囲だけを使う。
ギリシャ:西へ逃げる姉妹、追うオリオン
第1話で見たように、前7世紀ごろのヘシオドスは、プレアデスが「オリオンの荒々しい力から逃れて、霧の海へ沈む」と書いた。
ここには、なぜ逃げるのかは書かれていない。追跡は、まだ一行の情景だ。
物語としての形が見えるのは、ローマ時代の『天文詩』(ヒュギーヌスの名で伝わる)だ。
プレイオネが娘たちとボイオティアを旅していたとき、オリオンが彼女を襲おうとした。
彼女は逃げ、オリオンは七年のあいだ探し続けたが、見つけられなかった。
娘たちを哀れんだユピテル(ゼウス)は、彼女たちに星への道を与えた。
だから今もオリオンは、西へ逃げていく彼女たちを追っているように見える。 (『天文詩』2.21。英訳からの要約・筆者訳)
注目したい点が三つある。
一つ目。オリオンが追ったのは、まず母のプレイオネだ。姉妹は、母と一緒に旅をしていた。
二つ目。姉妹を星にしたのは、姉妹自身ではなく、神々の王の哀れみだ。
三つ目が一番面白い。
書き手自身が、物語と夜空の動きを直接結びつけている。
すばるが東から昇り、その後を追うようにオリオンが昇ってくる。そして二つとも、西の空へ沈んでいく。「追いかけているように見える」のは、古代の人にもそう見えていたのだ。
ちなみにギリシャのオリオンは、もともと巨人の狩人として、自分自身の物語をいくつも持っている。
プレアデスの追跡は、その中の一つのエピソードにすぎない。
西部砂漠:大地を横切る姉妹と、Nyiru
オーストラリア中央部から西部に広がる砂漠。
そこに暮らすマルトゥ、アナング(APY地域)、ンガーニャチャラなどの人々に、七人姉妹の物語が伝わっている。
物語の名は、言葉によって「クンカランカルパ(Kungkarangkalpa)」や「ミニィプル(Minyipuru)」。姉妹を追う男の名も、「ワティ・ニル(Wati Nyiru)」や「ユルラ(Yurla)」と地域で変わる。
2017年にオーストラリア国立博物館で開かれた展示『Songlines: Tracking the Seven Sisters』は、この物語を受け継ぐ地域の長老たちが、内容と見せ方を自ら決めて作られた。
博物館自身が、彼らは助言者ではなく知識の持ち主だと明記している。
公開されている解説をつなぐと、物語の骨格はこうなる。
• 姉妹は、砂漠を長い距離旅していく。物語は土地ごとの場所と結びついている
• Nyiruは姉妹を追い続ける。ある作家の解説では、長姉と結婚したがっているからだ
• 同じ解説によれば、長姉が捕らえられ、姉妹たちが救い出して看病する版がある。末妹が捕らえられ、長姉の助けで逃げ戻る場面もある
• 姉妹はやがて空へ飛び立ち、プレアデスになる。Nyiruも後を追い、オリオンになる
織り手たちの団体Tjanpi Desert Weaversは、この物語の主題を「掟を破る行いがもたらすもの」と「砂漠で生きるために欠かせない水場の場所」だと説明している。
つまりこの物語は、星の由来を語るだけのものではない。
大地の地図であり、してはいけないことを伝える教えでもある。
第29巻『アボリジニ神話』で扱ったソングラインの考え方そのものだ。
並べてみる
項目 ギリシャ・ 西部砂漠
追われる者 母プレイオネと娘たち(ヒュギーヌス)・ 七人の姉妹、とくに長姉
追う者 オリオン。もともと自分の物語を持つ狩人・ Nyiru/Yurla
追う理由 「襲おうとした」(ヒュギーヌス)。
ヘシオドスには記述なし ・長姉と結婚したい(作家の解説)
舞台 ボイオティアを旅する途中・ 砂漠を横切る長い旅。
場所や水場と結びつく
途中の出来事 七年追うが見つけられない・ 姉妹が捕らえられ、救い出される版がある
星になる経緯 ゼウスが哀れんで星にする・ 姉妹が自ら空へ飛び立つ
空との対応 オリオンが西へ逃げる姉妹を追っているように見える ・姉妹=プレアデス、Nyiru=オリオン
星と物語の役割 星としてのプレアデスが農事暦に使われたことは文献で確認できる(ヘシオドス)。・追跡の物語そのものの役割は未確認 土地と水場の知識、掟の教え
この連載の調査では、似ているかどうかを「結果」「理由」「展開」の三段階に分けて判定している。
結果が似ているだけでは弱く、理由や展開まで似ているほど、偶然では説明しにくくなる。
結果の一致:あり。 姉妹が男に追われ、星になり、追う男はオリオンと重なる。
ただしこの一致の大部分は、夜空そのものから説明できる。
すばるの後からオリオンが昇り、同じ道をたどって西へ沈む。ヒュギーヌスが書いたとおり、「追っているように見える」のだ。
理由の一致:部分的。 どちらも、男が女性を求めて追う。しかし追われるのは、ギリシャではまず母、西部砂漠では長姉だ。「男が女性を追う」という形自体は、世界の物語では珍しくない。特別な一致とは言いにくい。
展開の一致:今回参照した資料では限定的。 ギリシャでは七年の追跡の末にゼウスが救う。西部砂漠では、姉妹が大地を旅し、捕らえられ、助け合い、自ら空へ飛び立つ。役割の比較も簡単ではない。ギリシャの文献で確認できるのは、星としてのプレアデスが農事暦に使われたことまでで、追跡の物語そのものが暦を教えていたかどうかは分からない。西部砂漠では、物語が土地や水場の知識、掟と結びついていると、伝承者側が説明している。なお、公開資料で確認できなかったことは、伝承全体に存在しないことを意味しない。
つまり、二つの物語の似ているところは、「空がそう見せている部分」と「人間の物語でよくある部分」に集中している。その先の具体的な物語は、今回参照した資料の範囲では、ほとんど重ならない。
これは、共通の祖先がいたという仮説を否定するものではない。
何万年も語り継がれれば、細部が変わるのは当然だからだ。
だが、少なくともこの二つを並べただけでは、「同じ物語だ」と言える材料は出てこない。
共通の祖先を主張するなら、空でも人間の習性でも説明できない、もっと具体的な一致を見つける必要がある。
誰が、どの言葉で書き留めたのか
比べるときに、もう一つ気をつけたいことがある。
私たちが読んでいるのが、誰の手で、どの言葉で書かれたものかだ。
ギリシャの物語は、ギリシャやローマの書き手が、自分たちの言葉で書いた。それを私たちは、英訳や日本語訳で読んでいる。
西部砂漠の物語は、もともと文字ではなく、歌や踊り、絵、土地そのものを通して伝えられてきた。今回読んだのは、その知識を持つ人たち自身が、外の人に向けて英語で公開した解説だ。
ここからは筆者の考えだが、この「英語で」という点には注意がいる。「Seven Sisters(七人姉妹)」という英語の呼び名は、もともとヨーロッパでプレアデスを指す言葉だ。
その言葉で紹介されると、読む側は自然にギリシャの物語を思い浮かべてしまう。似て見えるのは、物語の中身ではなく、翻訳の入り口のせいもあるかもしれない。
もう一つ、確かめられていないことがある。19世紀から20世紀前半にかけて、外部の民族学者たちがこの物語をどう書き留めたのかだ。
その記録と、今の伝承者たちの語りを比べれば、「記録の仕方」が似て見える原因になっていないかを確かめられる。これは今後の課題だ。
宇宙OS的に読むと
ここからは、証拠ではなく比喩の話だ。
二つの追跡の物語は、同じ「共通の部品」を使った、別々のアプリに似ている。
[SKY] すばるの後からオリオンが昇り、同じ道を西へ ― 両方に共通
[COMMON_PARTS] 女性の集団、追う男 ― 人間の物語によくある部品
[APP_GREECE] 母と娘たち、七年の追跡、ゼウスの哀れみ
[APP_DESERT] 姉妹の旅、捕獲と救出、自ら空へ、土地と水場と掟
[DIFF] 共通部品は一致。固有のコードはほぼ一致しない
ソフトウェアの世界でも、同じ部品を使ったアプリが似た画面になるのは、よくあることだ。それだけで「一方が他方をコピーした」とは言えない。
コピーを疑うのは、部品ではない固有のコード、たとえば同じ変数名や同じバグが両方にあったときだ。神話なら、空からも人間の習性からも導けない、偶然とは思えない細部の一致がそれに当たる。
今回の二つには、そうした固有のコードの一致はまだ見つかっていない。
今回分かったこと、まだ分からないこと
分かったこと
• ギリシャでも西部砂漠でも、姉妹は男に追われ、追う男はオリオンと重なる
• ローマ時代の書き手自身が、「オリオンは西へ逃げる姉妹を追っているように見える」と、物語と夜空の動きを結びつけていた
• 二つの物語の一致は、夜空の動きと人間の物語のありふれた型に集中している
• 今回参照した資料では、追跡の途中の出来事や星になる経緯の一致は限定的だった
まだ分からないこと
• 外部の採録者が19〜20世紀に書き留めた西部砂漠の物語は、今の語りとどう違うのか
• 二つの物語に、偶然では説明できない具体的な一致はあるのか
• 他の地域にも、「追われる姉妹」のすばるはあるのか
今回の結論を一言で言うなら、こうなる。
似ているのは、空が見せる動きと、人間が繰り返し語ってきた物語の型。その先の細部には、それぞれの土地の記憶が刻まれていた。
では、他の大陸ではどうだろう。
この連載の企画段階では、北米にも「熊に追われて星になった七人の少女」の物語があると考えていた。ところが調べてみると、その少女たちがなったのは、すばるではなかった。
次回、第4話「熊に追われた少女たちは、北斗七星だった」。調査で崩れた仮説の話をしよう。
参考資料
• ヘシオドス『仕事と日』619–620行(Evelyn-White英訳)
• ヒュギーヌス『天文詩』2.21(英訳、ToposText)
• National Museum of Australia『Songlines: Tracking the Seven Sisters』解説(NMA)
• Tjanpi Desert Weavers「Kungkarangka at the National Gallery of Australia」(NPY Women's Council)
• Angilyiya Tjapiti Mitchell「Kungkarrangkalpa (Seven Sisters)」作品解説(西オーストラリア州立美術館)
• Ray P. Norris & Barnaby R. M. Norris「Why are there Seven Sisters?」(arXiv:2101.09170)
※古典資料の日本語訳は筆者によるものです。ヘシオドス『仕事と日』はH. G. Evelyn-White英訳、『天文詩』は英訳を参照した重訳・要約です。西部砂漠の物語は、伝承者側が公開した英語の解説を筆者が要約したものです。